第3話 バルナ婆さん
村外れには、小さな薬草小屋がある。
ラーデ村の家々から少し離れ、森へ続く細い道の手前に建っていた。屋根は低く、壁は古い。けれど軒下には草束がずらりと吊るされていて、そこだけ妙に賑やかに見える。
近づくだけで、薬草と煙の匂いが鼻へ入ってきた。
「病み上がりが、ふらふら歩くんじゃないよ」
しゃがれた声。
バルナ婆さんだった。
年寄りだが、目だけは妙に鋭い。腰は曲がっているのに、声には力がある。村の子供なら大体一度は怒られている、とカインが言っていた。
「……すごい匂い」
「褒めてんのかい?」
「たぶん」
婆さんは鼻を鳴らした。
軒先には草束。乾燥棚。積まれた薪。小屋の脇には、古い桶と灰の入った壺が置かれている。
アルノは棚を見上げた。
草束の間隔が狭い。風が抜けにくい。湿気が残りそうだった。
「それ、悪くならないのか?」
「悪くなるさ」
婆さんは当然みたいに返した。
「神に見放される草も出る」
「見放される?」
言葉が引っかかった。
婆さんは眉をひそめる。
「何だい。三日寝込んで頭まで弱ったのかい。黒くなったり、臭くなったり、駄目になる草のことだよ」
アルノは少しだけ納得した。
この世界では、ただ駄目になるとは言わないらしい。
神に見放される。
そういう感覚で、人は暮らしている。
「……並べ方変えた方がよくないか」
「ほう?」
婆さんが目を細めた。
「風、抜け悪い」
「面白いこと言うね」
怒られるかと思ったが、婆さんは怒らなかった。むしろ棚を見上げ、草束を指でつまんでいる。
「確かに、この辺は見放されやすい」
「前から?」
「毎年だよ。雪が重い年は特にね」
その時だった。
「婆ちゃん」
後ろから声。
振り向くと、エルクが立っていた。
背中には薬草籠。肩には雪。森を歩き慣れた人間の立ち方だった。
「また変なこと言ってんの?」
「このガキがね」
バルナ婆さんが顎でアルノを示す。
エルクはアルノを見た。
「起きたんだな」
「まあ」
「リナ、喜んでたぞ」
森の人間らしい、静かな笑い方だった。
エルクは籠を下ろすと、黙って薪を割り始めた。頼まれていないのに、自然な動きだった。
「……慣れてるな」
「毎日やってるからな」
それだけ言って、また斧を振る。
ローグが死んだ時、この人は何を見たのだろう。
アルノは聞かなかった。エルクも何も言わない。
ただ帰り際、エルクは小さな薬草袋を押し付けてきた。
「婆ちゃんから」
「いいのか」
「余りだ」
そう言って、エルクは背を向けた。
余りにしては、袋の口がきちんと結ばれていた。
バルナ婆さんは草束の一つを外し、アルノの鼻先へ突き出した。
「嗅いでみな」
言われるままに嗅ぐ。
青い匂いの奥に、湿った苦さが混じっていた。
「こいつはまだ使える。でも放っときゃ見放される」
「見ただけで分かるのか」
「見て、嗅いで、触るんだよ。薬草は口ほどに物を言う」
婆さんはそう言って、草束をまた吊るした。
その手付きは乱暴そうで、実際にはひどく丁寧だった。
「覚えときな。見放される前に気づけりゃ、まだ戻せる物もある」
その言葉は、アルノの胸に妙に残った。
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本作は、寒冷地の村で保存や湿気、灯りを少しずつ見直していく生活改善ファンタジーです。
派手な魔法バトルより、冬を越すための小さな工夫を中心に進みます。




