第2話 カインの家
翌朝。
熱は少し下がっていた。
外へ出ると、雪混じりの風が頬を撫でる。村道は踏み固められた雪と泥でぐしゃぐしゃだった。雪の白さの下に、黒い土がにじんでいる。
「アルノ!」
振り向くと、カインが走ってきた。
泥だらけの靴。跳ねた髪。寒そうなのに妙に元気だ。走るたびに、外套の裾から雪が飛んでいる。
「起きたんだな!」
「まあな」
「三日寝てたぞ」
「そんなにか」
カインは笑いながら肩を叩いてくる。力が強い。
「リナ、すげぇ心配してた」
胸の奥が少し痛んだ。
「……悪いことしたな」
「お前、起きてからなんか変だよな」
「変?」
「前より難しい顔する」
カインは顔をしかめる真似をした。あまり似ていない。
「そんな顔してない」
「してるって。さっきも家の壁見てた」
「湿ってたから」
「ほら、そういうとこ」
カインは笑う。からかっているのに嫌味がない。幼馴染というのは、こういう距離なのかもしれない。
カインはそのまま歩き出した。
「親父が呼んでる」
「ガルドさんが?」
「おう。立てるなら板運べって」
「病み上がりなんだけど」
「立てるんだろ?」
「……言うなぁ」
カインは満足そうに笑った。
カインの家は、村の木工や修繕を担っている。雪囲い。荷車。屋根修理。ラーデ村の家々の多くに、ガルドの手が入っていた。
家へ着くと、木の匂いがした。
削った板。乾いた木屑。炉の煙。湿ったアルノの家とは、少し空気が違う。
「来たか」
ガルドは板を削りながら顔を上げた。大きな手が、木の表面を撫でる。節を避け、反りを見て、削る場所を決めている。
「立てるなら手伝え」
「……はい」
短いやり取りだった。
でも嫌な感じはしない。
ガルドの仕事は静かだった。黙々と板を削り、釘を打ち、木を組む。無駄が無い。木屑が足元へ落ちても、踏む場所には散らばらない。
「今年は雪重いからな」
ガルドが空を見る。
「また屋根割れる家出るぞ」
「毎年あるんですか」
「ある」
当然みたいに返ってくる。
この国では、壊れる前提で皆生きているらしい。
ガルドは板を二枚並べ、少し隙間を空けた。
「ぴったりじゃないんですね」
「こっちの方が加護が寄る」
アルノは一瞬、意味が分からず黙った。
「……加護?」
「詰めすぎると離れる。木も息が詰まる」
カインが横から口を出す。
「親父の言うことは半分感覚だからな」
「感覚じゃねぇ。こうした方が持つ」
ガルドは短く言った。
アルノは板の隙間を見る。
風が通るからだろうか。湿りにくいからかもしれない。
でも、ガルドはそう説明しない。
加護が寄る。
この村の人間は、そう言うのだ。
理由は違っても、見ているものは同じなのかもしれない。
「アルノ、手止まってる」
カインが肘でつつく。
「分かってる」
「絶対分かってなかった」
「うるさい」
カインが笑う。
その笑い声の横で、ガルドは黙って板を削り続けていた。
しばらくして、奥からミレナが顔を出した。
「あら、アルノ。顔色はまだ悪いね」
「大丈夫です」
「大丈夫って顔じゃないよ。帰る時、これを持っていきな」
そう言って、ミレナは布に包んだ黒麦パンの端を机へ置いた。
カインがすぐ手を伸ばそうとして、軽く叩かれる。
「あんたのじゃない」
「分かってるって」
そのやり取りが、妙に普通で、少しだけ胸が緩んだ。




