第76話 冷たい角の噂
白き牙の話をしていると、ダレスが別の素材の名を出した。
「霜角鹿の角なら、薬草箱に使ったことがある」
バルナ婆さんが顔を上げた。
「あれは高いよ」
「高いな、だから欠け角だけだった」
リナが首をかしげる。
「しもつのじか?」
「白角鹿の仲間だ、角が冷たい、触ると指が痛くなることもある」
カインの目が輝いた。
「冷たい角ってすげえな」
「触るなよ」
ダレスがすぐに言った。
「凍傷になることがある」
「なんだよ、危ねえな」
「危ないから高い」
アルノはその言葉を聞きながら、薬草箱を思い浮かべた。
冷たい角。
もし、少しだけ冷たさを保てるなら、夏場の薬草や山羊乳に使えるかもしれない。肉を長く置くのは危ないとしても、一時的に悪くなりにくくする助けにはなるかもしれない。
だが、すぐに考えを止めた。
危険で、高くて、数が少ない。
村で気軽に使えるものではない。
「それも、昔は神具だったんですか?」
フィアナが聞くと、ダレスは首を振った。
「俺が知ってるのは道具としてだ、だが、灯院では冷え角と呼ぶ祭具があったはずだ」
「冷え角」
フィアナは帳面に書く。
「薬草を冷ますもの、熱を取り、強い匂いを抑える、火に近づけるな、素手で長く触るな」
バルナ婆さんが低く笑った。
「それも、ちゃんと使い方があったってことだね」
「冷やせば全部いいわけじゃないですよね」
アルノが言うと、バルナ婆さんはうなずいた。
「薬草は乾かすものもあれば、冷ました方がいいものもある、濡らしたら台なしのものもある、冷やしすぎても弱るものがある」
「保存も同じです」
アルノは言った。
「何でも冷やせばいいわけじゃないと思います」
ダレスが少し目を細めた。
「分かってるならいい、こういう素材は、便利に見えるやつほど危ない」
便利に見えるやつほど危ない。
アルノはその言葉を胸に置いた。
冷たい角も、湿りを寄せる牙も、魔法のように見える。
けれど、魔法ではない。
使い方を間違えれば、食べ物も、人の手も傷める。
フィアナは静かに言った。
「神具を戻すのではなく、使い方を戻す必要があるのですね」
その言葉に、誰も反対しなかった。




