第75話 蔵守りの紙
フィアナは、蔵守りの手順を一枚の紙にまとめた。
難しい言葉は使わない。
棚を空ける。
古い藁を出す。
床を拭く。
壺を床に置かない。
火を入れる時は大人が見る。
灯りで奥を見る。
白き牙は、使い方が分かるまで食べ物の近くに置かない。
カインはそれを見て、腕を組んだ。
「これなら俺でも分かる」
「それは良かったです」
「でも、字が読めないやつはどうする?」
フィアナは手を止めた。
アルノも顔を上げる。
村には字を読めない人が多い。読めても、細かい記録までは苦手な人もいる。
紙にまとめただけでは、全員には届かない。
リナがそっと手を上げた。
「絵を描く?」
「絵」
「棚を空っぽにする絵、藁を外に出す絵、火は大人って絵」
カインがぱっと顔を明るくした。
「それいいな、リナ、賢いじゃねえか」
「いつも賢いもん」
フィアナは紙の端に小さな絵を描き始めた。
空の棚。
外へ出された藁。
壺の下に木を置く印。
火のそばに大人が立ち、子供が離れている絵。
上手い絵ではない。けれど、分かりやすかった。
アルノはそれを見て、少しだけ安心した。
手順は、誰か一人が覚えていても意味がない。
リナも、カインも、ミレナも、ガルドも、バルナ婆さんも、それぞれが分かる形でなければ続かない。
フィアナは絵の下に短い言葉を書いた。
「祈りの前に、整える」
アルノはその一文を見つめた。
「強すぎませんか?」
「何がですか?」
「灯院の言葉として」
フィアナは少し考えた。
「では、こうしましょう」
彼女は別の紙に書き直した。
整えた場所に、加護は寄る。
リナが笑った。
「そっちの方が好き」
カインもうなずく。
「怒られなさそうだしな」
フィアナは少し苦笑した。
「怒られないためだけではありません、でも、伝わる形は大事です」
蔵守りの紙は、灯院の壁に貼られることになった。
まだ小さな紙だ。
けれど、古い帳面の中だけにあった作法が、村の人の目に触れる場所へ戻ってきた。
それは、忘れられたものが息をし直すように見えた。




