第74話 針金の出所
オルドの鍛冶場には、細い針金が少しだけ残っていた。
村で作ったものではない。
オルドはそれを大事そうに木箱から出し、作業台に置いた。
「これで木枠を留める」
「村で作れないんですか?」
アルノが聞くと、オルドは鼻で笑った。
「こんな細いのを、ここで何本も作れると思うか」
「無理ですか」
「無理だな、太いのならどうにかなる、だが細くて曲げやすくて、すぐ切れないやつは、ここの炉じゃ難しい」
カインは針金を見て、少し残念そうな顔をした。
「なんでも作れるわけじゃねえのか」
「当たり前だ」
オルドは短く言う。
「鍛冶師は神じゃねえ」
その言葉に、フィアナが少しだけ反応した。
けれど、何も言わなかった。
オルドは続ける。
「これは南から来た、いくつか町を通って、グランツへ入って、それから村に少し回る、だから無駄には使えん」
リナが小さな声で聞いた。
「遠いの?」
「遠い」
「じゃあ、大事だね」
「ああ」
オルドはいつもより少し柔らかく答えた。
アルノは針金を見つめた。
細い一本の線。
けれど、それがなければ木枠はうまく留まらない。牙の欠片も安全に吊るせないかもしれない。
村の冬支度は、村だけでできているわけではなかった。
フィアナは帳面に、針金のことを書いた。
「木枠には細い針金が必要、針金は外から来る、数に限りがある」
「そんなことまで書くのか」
オルドが言う。
「はい、後で作れないと分かって困らないように」
「賢いな」
オルドはぼそりと言った。
フィアナは少し驚いた顔をした。
カインがにやにやする。
「オルドが褒めた」
「うるせえ」
鍛冶場に小さな笑いが起きた。
その後、オルドは木枠の角に針金を巻いた。強く締めすぎると木が割れる。弱いと牙が動く。
手の加減ひとつで、同じ材料が良くも悪くもなる。
アルノは、その手元から目を離せなかった。
魔獣の牙だけでは足りない。
それを包む木がいる。
留める針金がいる。
扱う職人がいる。
記録する灯院がいる。
そして、それらのどれも、村の中だけでは揃わない。
小さな木枠一つが、ずいぶん遠くの場所とつながっていた。




