第73話 灯守の地図
ダレスは古い布を広げた。
地図と呼ぶには、ずいぶん大ざっぱだった。山の形、川の流れ、村の印、橋の場所。ところどころに、黒い炭で小さな印がつけられている。
「これは道か?」
カインが指を伸ばすと、ダレスはその手を軽く払った。
「触るな、炭が落ちる」
「すまん」
「これは道じゃない、冬に通れることがある場所だ」
「道じゃないのに通るのかよ」
「冬は道が消える、消えた後で、どこなら死ににくいかを覚えておく」
部屋の中が静かになった。
ダレスの言葉は、いつも少し重い。
彼が話す道は、歩きやすい場所ではない。戻ってこられる可能性が少し高い場所だった。
フィアナは地図の端にある印を見た。
「これは灯守の印ですか?」
「ああ、橋が弱い場所、雪が落ちやすい場所、魔獣の跡が多い場所、火を休ませる小屋がある場所」
アルノは地図を見つめた。
ラーデ村は小さな印でしかなかった。その外に、川があり、森があり、山があり、別の村がある。
そして、さらに遠くに、ミレヴァールへ続く水道の印があった。
「ここから物が来るんですか?」
「全部じゃない、だが、いい壺や油の一部はそっちから回ることがある、粗塩は別だ、針金も別の筋だな」
カインが目を丸くした。
「村で使ってるの、いろんなとこから来てるんだな」
「当たり前だ、村だけで冬は越せん」
その言葉に、アルノは胸の奥が少し揺れた。
村だけで冬は越せない。
分かっていたつもりだった。粗塩も針金も、鉄の鍋も、村の中から湧いてくるわけではない。
けれど、地図で見ると違った。
誰かが運んでいる。
誰かが道を見ている。
誰かが橋を直し、灯りを守り、危ない場所を避けている。
フィアナは小さく言った。
「灯院の記録は、村の中に寄りすぎていました」
「外も書くべきですか?」
アルノが聞くと、ダレスが答えた。
「外を書かない記録は、冬には弱い」
フィアナはその言葉を書き留めた。
カインは地図を見ながら、少しだけ声を落とす。
「凍牙猪がいる谷って、ここか?」
ダレスは黒い印を指した。
「近づくな」
「聞いただけだって」
「聞いて、見に行くやつがいる」
カインは気まずそうに目をそらした。
アルノも地図から目を離した。
知ることは大事だ。
でも、知ったからといって近づいていいわけではない。
灯守の地図は、行くためだけのものではなかった。
行かないためのものでもあった。




