第72話 戻す火
牙の欠片を入れた木枠は、一晩で少し重くなった。
持ったのはオルドだったが、彼はすぐに眉を寄せた。
「湿りを吸ったな」
「やっぱり効いてる?」
カインが身を乗り出す。
「効いてるかは知らん、重くなっただけだ」
「それ、効いてるってことじゃねえの?」
「決めつけるな」
オルドの低い声に、カインは口を閉じた。
アルノは木枠の横に置いた布を触った。何も置かなかった布より、冷たさが少ない。完全に乾いたわけではないが、違いはある。
問題は、木枠の中の牙だった。
湿りを吸ったままなら、そのうち割れる。古い記録にも、火に寄せるな、割れた牙は土へ返す、とある。
「戻すにはどうするんですか?」
アルノが聞くと、オルドは作業場の奥を指した。
「火のそばに置く、ただし近づけるな」
「近づけるなって、どれくらい?」
カインが聞く。
「お前が熱いと思わないくらいだ」
「分かりにくい」
「だから職人が見るんだ」
オルドは小さな台を作り始めた。
火の横ではなく、少し離れた場所に置く台。下に灰を敷き、上に木枠を寝かせる。火の熱が直接当たらないよう、薄い板で半分だけ遮る。
フィアナはそれを見て、静かに言った。
「戻す火」
「なんだそれ」
オルドが顔を上げる。
「古い記録に、牙を火で戻す、という言葉がありました、火に寄せるな、と同じところです、意味が分からなかったのですが」
「こういうことかもしれません」
アルノが言うと、フィアナはうなずいた。
バルナ婆さんも見に来ていた。彼女は台を見て、ふんと鼻を鳴らす。
「焦るやつは割るね」
「だろうな」
オルドが短く返す。
「湿りを早く抜こうとして火に近づける、牙が割れる、神に見放されたと言う、そんなところだろ」
その言葉は少し乱暴だったが、アルノには分かる気がした。
手順を知らなければ、失敗は神のせいになる。
でも、失敗には理由がある。
フィアナは帳面に書いた。
「牙は湿りを寄せる、湿った牙は戻す火に置く、強い火に寄せない、急がない」
リナが小さくつぶやいた。
「急がないって、むずかしいね」
「うん」
アルノは答えた。
早く乾いてほしい。
早く助かってほしい。
早く冬に間に合わせたい。
けれど、急ぎすぎると割れるものがある。
牙も、人も、村も、たぶん同じだった。




