第69話 職人でなければ
白き牙が凍牙猪の牙だと分かっても、それをすぐに使えるわけではなかった。
欠けた牙を保存棚に吊るすのは危ない。割れれば粉が落ちるかもしれないし、子供が触るかもしれない。
ダレスは言った。
「職人に見せろ。素人が削るな」
そこで呼ばれたのが、鍛冶場のオルドだった。
オルドは大きな手で欠けた牙を受け取ると、しばらく黙って見ていた。
鉄を打つ男という印象が強かったが、骨や角の扱いも少しは知っているらしい。
「古いな」
「使えますか?」
アルノが聞くと、オルドは眉を寄せた。
「使えるとは言ってねえ」
「じゃあ無理ですか?」
「試すだけだ」
カインが小声で笑った。
「アルノ、怒られてる」
「怒ってねえ」
オルドは低く言った。
それから、牙の欠けた部分を指で示す。
「ここから割れる。吊るすなら木枠がいる。直接紐をかけるな。穴を開けても割れる」
「木枠」
「あと、火で戻すなら金具を近づけるな。熱が偏る」
フィアナが慌てて書き取る。
オルドは彼女の帳面をちらりと見て、少しだけ顔をしかめた。
「全部書くのか」
「残さなければ、また分からなくなります」
「……好きにしろ」
オルドはそう言ったが、手は止めなかった。
薄い木片を持ってきて、牙の形に合わせる。布を挟む場所、吊るす場所、乾かす時に外せるようにする場所。
アルノはその作業をじっと見ていた。
自分では思いつかなかった。
牙が湿りを寄せるかもしれないと考えることはできる。けれど、それを安全に使える形にするには、別の知識がいる。
職人の手が必要だった。
「アルノ兄、できそう?」
リナが小声で聞く。
「分からない。でも、前より使えそう」
オルドがこちらを見た。
「まだ使うな。これは祭具庫に戻せ。試すなら、小さな欠片でやる」
「欠片がありますか?」
フィアナが聞くと、オルドは牙の欠けたところを見た。
「削り粉なら少し取れる。ただし食べ物の近くには置くな。まずは湿った布で試せ」
アルノはうなずいた。
すぐに保存棚で使いたい気持ちはあった。
でも、急ぐと危ない。
オルドは牙を布に戻しながら、ぼそりと言った。
「道具は、使い方を間違えれば厄介になる。神具でも同じだろ」
フィアナが静かにうなずいた。
「はい。きっと同じです」
その日、白き牙はまだ蔵には吊るされなかった。
けれど、ただの古い祭具ではなくなっていた。




