第67話 冬前の蔵守り
白き牙のことが分かってから、フィアナはさらに古い記録を探した。
その結果、冬前の蔵守りという作法が、いくつかの村に残っていたことが分かった。
今ではほとんど行われていない。
行われていても、灯りを持って蔵の周りを歩き、短い祈りを捧げるだけになっている。
けれど古い写しには、もっと細かなことが書かれていた。
「棚を空ける。古い藁を出す。床を拭く。壺を高く置く。火を入れる。灯りを四隅に寄せる。白き牙を奥に吊るす」
フィアナが読み上げるたび、カインが指を折って数えた。
「やること多すぎだろ」
「冬前だからだと思う」
アルノは言った。
「冬に入ってから悪くなったら、取り返せないから」
リナは真剣な顔で聞いていた。
「昔の人も、冬が怖かったの?」
「怖かったと思う」
アルノは答えた。
冬は静かに来る。
でも、その静けさの中で、食べ物が足りなくなり、灯りが減り、体の弱い人から動けなくなる。
それを知っていたから、昔の人は何度も確認したのかもしれない。
祈りだけではなく、手を動かしていたのかもしれない。
フィアナは帳面を閉じた。
「私は、これをただの古い神事だと思っていました」
「今は違いますか?」
「はい。これは、冬を越すための手順です」
その言葉に、部屋の空気が少し変わった。
灯院の人がそう言う意味は大きい。
村人が勝手に作業を増やすのではない。灯院の記録に残る古い作法を、もう一度見直す。
それなら、受け入れられる人も増えるかもしれない。
ガルドは腕を組んだ。
「だが、白き牙はない」
「欠けたものが一つだけです」
「それじゃ村の蔵には足りん」
「はい」
フィアナは少し悔しそうに言った。
アルノは考えた。
牙がなくても、できることはある。棚を空ける。古い藁を出す。床を拭く。壺を高く置く。火を入れる。灯りを動かして奥を見る。
まず、それだけでもやるべきだ。
「牙がなくても、蔵守りはできます」
アルノが言うと、フィアナは顔を上げた。
「できますか?」
「全部は無理でも、できるところから。牙は最後の助けだと思います」
バルナ婆さんが笑った。
「いいね。神具がないから何もしない、ってのは一番馬鹿らしい」
リナも大きくうなずいた。
「リナ、床拭く」
「子供だけで火は触らない」
「分かってるもん」
フィアナは、少しだけ安心したように息を吐いた。
「では、蔵守りを今の形で書き直します。祈りではなく、手順として」
それは小さなことだった。
けれど、忘れられたものが戻る最初の一歩に見えた。




