第64話 匂いの違い
ルーメリアから来た香草だ、とミレナが小さな包みを見せてくれた。
包みを開くと、すっとした匂いがした。薬草とは少し違う。甘さはなく、鼻の奥が軽くなるような香りだった。
「高いものじゃないよ。端を分けてもらっただけさ」
ミレナはそう言ったが、リナは目を丸くした。
「いい匂い」
「食べるものじゃないよ」
「分かってるもん」
カインは少し顔をしかめた。
「俺はちょっと苦手だな」
「カインはなんでも強い匂いって言う」
「だって強いだろ」
アルノは包みの中を見た。
乾いた細い葉。少し白っぽい茎。手で触ると、ぱりっと折れそうだった。
「何に使うんですか?」
「虫よけだって聞いたよ。あと、臭いの強い場所に吊るすこともあるらしい」
臭いを消す。
その言葉に、アルノは少しだけ引っかかった。
「悪い匂いを消しすぎると、気づけなくなるかもしれません」
ミレナは目を瞬かせた。
「そうかい?」
「臭いで分かることもあります。肉が悪くなりそうとか、壺の中が変だとか」
「じゃあ使わない方がいいのかね」
「いえ、使う場所を分けた方がいいと思います」
フィアナも包みの匂いを確かめた。
「ルーメリアでは、香草を神前に供えると聞きます。清めの香りだと」
「清めるって、臭いを隠すことですか?」
「そう教わることもあります」
「でも、隠すだけなら危ないです」
アルノは棚を見た。
「食べ物の近くじゃなくて、入口とか、虫が入りそうなところ。あと、人が休む場所にはいいかもしれません。でも保存食の匂いを確かめる場所では、強すぎない方がいい」
フィアナはうなずいて帳面に書いた。
ミレナも納得したように包みを閉じる。
「じゃあ、台所の奥じゃなくて、戸口に吊るしてみるよ」
「少しだけで」
「分かったよ。少しだけね」
リナは名残惜しそうに香草を見ていた。
「いい匂いなのに」
「いい匂いでも、使いすぎはよくない」
「アルノ兄、なんでも少しって言う」
「多すぎると分からなくなるから」
リナは難しそうな顔をした。
その日の夕方、戸口に小さな香草の束が吊るされた。
家の中に入る時、ほんの少しだけ香りがする。
けれど、棚の前では薬草や干し肉の匂いが分かった。
アルノはそれに安心した。
良い匂いも、悪い匂いも、どちらも意味がある。
隠すのではなく、分ける。
それも保存には必要なことだった。




