第62話 湿りの道
ガルドが掘った溝に、水が細く流れた。
ほんの少しのことだった。
けれど、壁際にたまっていた水が離れていくのを見ると、リナは目を輝かせた。
「流れた!」
「そりゃ流れるだろ」
カインが得意げに言う。
「カインが掘ったところ、曲がってる」
「流れてるからいいんだよ」
「でも曲がってる」
「リナは細かいな」
泥だらけの二人を見て、アルノは少し笑った。
溝は深くない。子供でもまたげるくらいの細いものだ。それでも、水の逃げる道があるだけで、壁際の湿りは減る。
フィアナは、家の角に立って水の流れを見ていた。
「湿りにも道があるのですね」
「水ですから」
「いえ、水だけではありません」
フィアナは家の壁に手を近づけた。
「灯院では、湿りは加護を遠ざけるものだと教わります。でも、それを追い出すには、湿りがどこから来るか見なければならない」
「はい」
「祈りで追い払うのではなく、道を変える」
アルノは少し考えてから言った。
「祈りの前に、道を作るんだと思います」
フィアナはその言葉を何度か口の中で繰り返したようだった。
祈りの前に、道を作る。
それは、灯院の人にとっては不思議な言葉かもしれない。
でもアルノには、それが自然だった。
濡れた床に祈っても、次の日また濡れる。
水が入るなら、先に逃がす。
悪くなる理由があるなら、先に減らす。
それから祈るなら、たぶん意味がある。
ガルドは溝を見て、低く言った。
「他の家も見た方がいいな」
「全部ですか?」
「全部は無理だ。だが、低い家は危ない」
ラーデ村は平らではない。少し高い家もあれば、雨水が集まりやすい家もある。
今までは、家の中だけを見ていた。
けれど、保存棚を守るには、家の外、道、溝、風、土まで見なければならない。
アルノは村の道を見た。
湿りは、家の中だけの問題ではなかった。
「灯院の記録に、家の高さや水の流れはありますか?」
アルノが聞くと、フィアナは首を横に振った。
「今の記録には、ほとんどありません。家の数、人数、持ち寄り、亡くなった方の名、家畜の数。そのくらいです」
「昔は?」
「探してみます」
フィアナの返事は早かった。
カインが泥のついた手を振る。
「また古い帳面か」
「嫌ですか?」
「いや、面白い。読めねえけど」
フィアナは少し笑った。
「読めなくても、一緒に見てください。気づくことがあるかもしれません」
「俺が?」
「はい」
カインは照れたように鼻の下をこすった。
その手が泥だらけだったので、顔にも泥がついた。
リナが笑い、ガルドがため息をついた。
雨上がりの村に、細い水の道ができていた。




