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腐敗は神罰ではありません 〜保存と冬支度から始める、寒村の生活改善〜  作者: 高山 墨人
雪解けと記録

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閑話 エルクの薬草袋

余りだ、と言うのが上手くなった。


薬草の端も、乾いた根も、少し多く採れた春草も、リナへ渡す時はだいたい同じ言い方をする。


「余りだ」


本当は、余りではないこともある。


バルナ婆さんは知っている。アルノも、たぶん気づいている。リナだけは、まだ時々そのまま信じる。


それでいいと思っていた。


理由のない優しさは、受け取る方が困ることがある。特にローグの家は、何かをもらうたびに、少しだけ肩を縮める。


だから、余りでいい。

手伝いの礼でいい。

婆ちゃんが持っていけと言った、でいい。


俺は薬草小屋の棚を見上げた。


一段目が上がり、二段目も少し上がった。草束の間には、前より風が通っている。


アルノが来てから、村のいくつかの場所が少し変わった。


薬草棚。

灯りの芯。

水桶の台。

共同棚の札。

蔵守りの紙。


大きく変わったわけではない。けれど、見放される前に気づくものが増えた。


「何ぼうっとしてるんだい」


バルナ婆さんが声をかけた。


「ぼうっとしてない」


「してたよ。ローグみたいな顔でね」


返事はしなかった。


婆さんはそれ以上言わず、乾いた草を束ねる。口は悪いが、踏み込む場所は間違えない人だった。


ローグの名を聞くと、今でも少し息が詰まる。


あの日の森は、白かった。


雪が音を消していた。自分の息も、足音も、遠くで折れる枝の音も、全部が白い中に吸われていくようだった。


俺は、戻れないと思った。


けれど、ローグが見つけた。


大きな手で腕を掴み、立てと言った。声は荒かったが、怒ってはいなかった。


冬獣の気配が近かった。


それ以上は、今もはっきり思い出したくない。


「俺も死ぬつもりはない」


ローグはそう言った。


「時間を稼ぐだけだ。ガルド達を呼んでこい」


俺は走った。


走るしかなかった。


後ろを振り返ったのは、一度だけだった。


ローグは見えなかった。雪と木の間に、ただ声だけが残っていた気がした。


何を言ったのか、今も誰にも話していない。


話してしまうと、それが本当に最後の言葉になってしまう気がしたからだ。


「エルク」


婆さんが小さな袋を投げて寄こした。


俺は受け取る。


「ラーデの家に持っていきな」


「またか」


「まただよ。棚を見に来た礼だ」


袋の中には、春に乾かした薬草が少し入っていた。腹に優しい草と、熱の時に使う草。余りと呼ぶには、きちんと選ばれている。


「余りって言えばいいのか」


「好きにしな」


婆さんは鼻を鳴らした。


「ただし、リナの前で暗い顔するんじゃないよ。あの子は帰ってこない顔に敏い」


少しだけ目を伏せた。


「分かってる」


分かっている。


リナは戸口を見る。

アルノも、時々森の方を見る。

あの家には、戻らなかった人の形がまだ残っている。


だから俺は、薬草袋を持っていく。


何かを返せるわけではない。


ローグの代わりになれるわけでもない。


けれど、袋一つで熱が少し下がるなら。

腹を壊す日が一日減るなら。

リナが戸口を見つめる時間が、少し短くなるなら。


それでいい。


小屋を出ると、夕方の風が薬草の匂いを揺らした。


ラーデの家へ向かう道は、もう雪道ではない。泥も乾き始めている。けれど、森へ続く道の奥には、まだ冬の名残がある。


俺は薬草袋を握り直した。


余りだ。


今日も、そう言うつもりだった。


そう言わないと、俺の方が受け取れなくなるからだ。


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