第60話 供灯係の手
フィアナの手は、思ったより荒れていた。
リナはそれに気づいて、じっと見てしまった。
「フィアナ姉、手、痛い?」
フィアナは少し目を丸くしたあと、自分の指先を見た。
「痛くはありません、油と煤で荒れやすいだけです」
「灯りのお仕事?」
「はい、供灯係は灯りを整えます」
「火をつけるだけじゃないの?」
リナが言うと、フィアナは首を横に振った。
「油を選び、芯を切り、灯皿を拭き、火の大きさを見る、煙が多ければ、何かが合っていません、油が悪いのか、芯が湿っているのか、置く場所が悪いのか」
アルノはその言葉に耳を傾けた。
火をつけるだけではない。
それは、食べ物を置くだけでは保存にならないのと似ていた。
「灯りも悪くなるんですか?」
「悪くなるというより、乱れます、油が古いと匂います、芯が湿ると煙が増えます、皿が汚れていると火が落ち着きません」
「食べ物と同じだ」
アルノがつぶやくと、フィアナはうなずいた。
「私もそう思いました」
その日、フィアナはリナと一緒に小さな灯皿を洗った。
灰を使い、ぬるい水でこすり、布で拭く。リナは最初、力を入れすぎて水を跳ねさせた。
「うわっ」
「ゆっくりで大丈夫です」
「これ、毎日やるの?」
「毎日ではありません、でも、汚れたまま火を入れると、灯りが落ち着きません」
リナは真剣な顔で灯皿を拭いた。
アルノはその横で、古い芯を見せてもらった。乾いた芯と、湿った芯では手触りが違う。湿った方は火をつけても、すぐに黒い煙を出すらしい。
「保存棚の布と同じかもしれない」
「同じ?」
「湿ったものをそのまま使うと、悪くなりやすい、灯りも、煙が増える」
フィアナは帳面を開こうとして、手を止めた。
「書く前に、もう少し見ます」
アルノは少しだけ笑った。
「その方がいいと思います」
夕方、きれいにした灯皿に火を入れた。
灯りは小さい。
けれど、昨日より澄んで見えた。
リナはその灯りを見て、嬉しそうに言った。
「これなら、加護が寄りそう」
フィアナは静かにうなずく。
「はい、きっと、寄りやすいと思います」
アルノはその言葉を聞きながら、火の揺れを見ていた。
加護が寄る。
その言葉を、前より少しだけ受け入れられる気がした。




