第59話 加護が寄る場所
フィアナは、村の保存棚を見て回りたいと言った。
リナはついて行きたがったが、ミレナに呼ばれて洗い物を手伝うことになった。少し口を尖らせていたが、最後には「あとで教えてね」と言って手を振った。
アルノとカインは、フィアナと一緒に村の端の家へ向かった。
その家の棚は、壁にぴったりつけられていた。
木箱の下には古い布が敷かれ、壺は同じ高さで並んでいる。見た目はきちんとしている。けれど、棚の奥に手を入れると、指先に冷たい湿りがついた。
アルノは黙って手を見た。
「湿ってるのか?」
カインが聞く。
「少し」
フィアナは灯りをかざした。
火は大きく揺れない。けれど、奥へ入れると、煙が細く横に流れた。
「ここは風が通っていませんね」
「壁に近すぎるんだと思います」
家の女は困った顔をした。
「でも、壁から離すと狭くなるよ」
「少しだけでいいです」
アルノは棚の脚を見る。
「指二本分でも違うかもしれません、あと、下の布は取った方がいいです、湿りを吸って、そのままになってます」
「布を敷かないと汚れるじゃないか」
「汚れたら拭けます、でも湿った布は、奥に隠れます」
女はしばらく考えたあと、うなずいた。
「ミレナにも言われたよ、アルノの言うことは、最初は面倒だけど後で助かるってね」
カインが得意げに笑った。
「だろ」
「なんでカインが得意そうなの」
「俺は最初からアルノ側だからな」
「最初はかなり疑ってた」
「細かいこと言うなよ」
フィアナはそのやり取りを聞きながら、帳面に何かを書き込んでいた。
家を出ると、彼女は立ち止まった。
「加護が寄る場所、という言葉があります」
「はい」
「私はずっと、祈りが正しく届く場所だと思っていました、でも今日見た棚は、祈る前に整えるべき場所でした」
アルノは村の家々を見た。
どの家にも、それぞれの事情がある。狭い家。人手が足りない家。年寄りだけの家。子供が多い家。
正しいことを知っていても、できるとは限らない。
「全部を一度には無理です」
「分かっています」
「できる家からでいいと思います」
フィアナは少し驚いたようにアルノを見た。
「あなたは、急がないのですね」
「急ぎたいです、でも急がせすぎると、たぶん続かない」
それは、自分にも言い聞かせている言葉だった。
早くしなければ、また誰かが死ぬかもしれない。そう思う時がある。
けれど、村の人たちは毎日を生きている。冬の前だけではない。春も夏も秋も、手は足りない。
だから、続く形にしないと意味がない。
フィアナは小さくうなずいた。
「灯院の作法も、続かなければ形だけになります」
その声には、少しだけ痛みがあった。




