第58話 古い帳面
翌日、フィアナは灯院の小さな部屋に古い帳面を広げた。
紙は少し波打っていて、端は茶色くなっている。何度も開かれたのか、紐のところが擦れていた。
アルノ、カイン、リナは少し離れて座った。
バルナ婆さんも呼ばれていたが、部屋の隅で腕を組んでいる。
「古い字は嫌いだよ、目が疲れる」
「でも読めるんですよね」
アルノが言うと、バルナ婆さんは鼻を鳴らした。
「少しだけだ、全部は無理だね」
フィアナは丁寧に帳面を開いた。
「これはラーデ村のものではありません、グランツ大灯院に残っていた、冬前の蔵守りに関する写しです」
「くらもり?」
リナが首をかしげる。
「蔵の中のものを守るための作法です」
「お祈り?」
「今はそう言われています」
今は。
その言い方に、アルノは顔を上げた。
フィアナは帳面の一行を指でなぞる。
「冬前、棚を空けよ、古き藁を出せ、湿りを外へ逃がせ、壺の口を覆い、灯りを四隅に寄せよ」
カインが眉を寄せた。
「それ、アルノが言ってたやつじゃねえか」
「全部同じではないです、でも似ています」
フィアナは別の行を示した。
「持ち寄りは床に置くな、木の上に置け、風を通せ、灯りが濁るところに、肉を置くな」
「灯りが濁るってなんだ?」
カインが聞く。
フィアナは少し考えた。
「火が重く見える場所、煙が下へ落ちる場所、煤がつきやすい場所をそう呼ぶことがあります」
「空気が悪い場所かも」
アルノは思わず言った。
全員がこちらを見る。
「火がうまく燃えないなら、風が通ってないか、湿ってるかもしれません、そこに食べ物を置いたら、持たないと思います」
フィアナは目を伏せ、ゆっくりとうなずいた。
「灯りが濁る場所には、加護が寄らない、そう教わりました」
「加護が寄らない場所は、悪くなりやすい場所だったのかもしれない」
アルノがそう言うと、部屋の中が静かになった。
神を否定したかったわけではない。
ただ、別々の言葉が、同じものを指している気がした。
バルナ婆さんが低く笑う。
「昔のやつらも、案外ちゃんと見てたんだね」
「ちゃんと見ていたのに、意味だけが落ちたのかもしれません」
フィアナの声は少し寂しそうだった。
リナは難しい顔をして帳面を見つめる。
「じゃあ、昔の人はすごかったの?」
「すごかったと思う」
アルノは答えた。
「でも、今の人も見れば分かると思う」
フィアナが顔を上げる。
「見れば、ですか」
「見ないと分からないです」
アルノの言葉に、フィアナは小さく息を吐いた。
「灯院は、もう一度見なければならないのかもしれません」
古い帳面の上で、薄い灯りが揺れていた。




