第57話 灯りの揺れ
フィアナは、灯りを見ていた。
火そのものではなく、その周りにあるものを見ているようだった。
灯皿の油。芯の長さ。壁までの距離。棚の影。火が揺れた時に、どこまで明るさが届くか。
アルノはその横で黙って立っていた。
「火が弱いですか?」
フィアナが聞いた。
「弱いというより、ここだと奥が暗いです」
アルノは保存棚の奥を指さした。
「奥が暗いと、色が分かりにくい、黒くなりかけていても見落とすかもしれない」
「臭いだけでは足りないのですね」
「臭う頃には、遅いこともあります」
フィアナはその言葉を帳面に書いた。
リナは興味深そうにのぞき込もうとしたが、カインに肩をつかまれた。
「こら、邪魔すんな」
「見たいだけだもん」
「俺も見たい」
「じゃあカインも邪魔」
「なんでだよ」
フィアナは二人のやり取りに少しだけ笑った。
それから、灯りを持ち上げ、棚の左側に置いた。
火が揺れる。棚の影が動く。
今まで暗かった壺の口元が、少しだけ明るくなった。
「ここならどうでしょう」
「見やすいです、でも、布に近い」
「火が移るかもしれませんね」
フィアナはすぐに灯りを戻した。
灯りは便利だ。だが、近づけすぎれば危ない。
特に乾かした薬草や布、藁の近くでは、少しの油断が家を失うことにつながる。
アルノは棚の前にしゃがみ込んだ。
「灯りを近づけるんじゃなくて、棚の方を変えた方がいいかもしれない」
「棚を?」
「奥まで見えるように、少し隙間を作るとか、壺の高さを揃えすぎないとか、見回る順番を決めるとか」
フィアナはまた帳面に書いた。
「見回る順番」
「毎日違うところを見ると、見落とします、たぶん」
「たぶん、ですか」
「まだ試してないので」
フィアナは今度ははっきり笑った。
「正直なのですね」
「分からないものは、分からないです」
その答えに、フィアナは少し驚いた顔をした。
灯院の人は、分からないと言いにくいのかもしれない。
神の言葉を扱う人が、簡単に分からないとは言えないのかもしれない。
けれど、アルノには分からないことが多すぎた。
だから、見て、触って、臭いを確かめるしかない。
フィアナは灯りを元の位置に置き、静かに言った。
「古い供灯の作法に、灯りを四度動かすものがあります」
「四度?」
「東、西、奥、入口、今は祈りの向きを示すものだと教わります、でも、もしかすると」
フィアナは棚の奥を見た。
「蔵の中を、見落とさないための動きだったのかもしれません」
アルノは返事をしなかった。
けれど、胸の奥で何かが引っかかった。
祈りだと思われていたもの。
もしかしたら、それは誰かが忘れないように残した手順だったのかもしれない。




