第52話 小さな芽
小かぶの芽が出た。
最初に見つけたのはリナだった。
朝、畑の端を見に行ったリナが、声にならない声を上げた。驚いたのか、喜んだのか、少し分からない音だった。
「アルノ兄!」
その声で、アルノは慌てて外へ出た。
畑の端。細い枝で印を付けた場所に、小さな緑が二つ出ていた。
本当に小さい。
指で触れば折れてしまいそうな芽だった。
「出た」
リナはしゃがみ込んだまま、目を離せずにいる。
「出たな」
「種、悪くなってなかった」
あの壺の失敗を、リナはまだ気にしていたのだろう。声に安堵が混じっていた。
カインもすぐに来た。泥の付いた靴で近づこうとして、リナに止められる。
「そこから先、駄目!」
「まだ何もしてないだろ」
「靴が泥だらけ」
「道が泥なんだよ」
「芽には関係ない」
リナの声は真剣だった。
カインは少し笑い、両手を上げて下がった。
「分かった分かった、俺はここから見る」
バルナ婆さんも通りかかった。杖で土をつつき、芽を見下ろす。
「二つかい」
「少ない?」
リナが不安そうに聞く。
「最初はそんなもんだよ、全部出たら、それはそれで間引く手間が増える」
「間引く?」
「近すぎる芽を抜くことさ、全部残したいと思うだろうけど、詰まりすぎるとみんな弱る」
リナは目を丸くした。
「出たのに抜くの?」
「育てるために抜く時もある」
それは少し残酷な言葉だった。
でも、婆さんは当たり前の顔をしている。
アルノは芽を見た。
守るだけでは足りない。増えれば増えたなりに、場所を分けなければいけない。保存も、畑も、同じなのかもしれない。
リナはしばらく黙り、それから小さく言った。
「じゃあ、ちゃんと見る」
「そうしな、見ないで育つものは少ないよ」
婆さんはそう言って歩いていった。
風が吹く。
小さな芽がわずかに揺れた。
リナは両手で風を止めようとして、すぐに諦める。
「風は止められないね」
「止めなくていい、強すぎる時だけ守ればいい」
「難しい」
「ああ」
春は、何でもただ増える季節ではない。
増えたものを、どう守るか考え始める季節だった。
その日の昼、カインは細い枝を四本持ってきた。
「踏まないように囲えばいいんだろ」
「分かってるじゃん」
リナが少し偉そうに言うと、カインは照れたように鼻をこすった。
枝を芽の周りへ立て、古い紐をゆるく結ぶ。立派な囲いではない。少し押せば倒れそうだ。それでも、どこに足を置いてはいけないのかは分かる。
「これでカイン避けが強くなった」
「だから俺限定で言うな」
リナは芽を見下ろす。
「明日も見る」
「見すぎて触るなよ」
「触らないもん」
春の小さな緑は、家の前にできた一番小さな約束になった。




