表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腐敗は神罰ではありません 〜保存と冬支度から始める、寒村の生活改善〜  作者: 高山 墨人
雪解けと記録

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/99

第50話 次の冬の場所

家の棚に、少しだけ場所が増えた。


小さな壺。


困った時の袋を置く場所。


小かぶの種袋。


古布を掛けた水桶。


壁から少し離した干し草。


どれも、初めて見る人なら何も変わっていないと思うだろう。家は狭く、床は冷たく、壁にはまだ湿りが残っている。


それでもリナは、棚の前で満足そうに頷いていた。


「ちょっと増えた」


「中身は少ないぞ」


「でも、場所はある」


リナはそう言って、壺の布をそっと直した。


場所がある。


それは確かに、前とは違うことだった。


冬の前には、食べる袋しかなかった。残す袋も、困った時の袋も、空っぽどころか置き場所さえ曖昧だった。


今はまだ少ない。


でも、ここへ入れると決めた場所がある。


アルノは棚を見ながら言った。


「春って、次の冬の始まりなんだな」


リナが嫌そうな顔をする。


「もう冬の話?」


「嫌か」


「嫌、今は春なのに」


「でも春にやらないと、冬に足りない」


リナは少し考えて、唇を尖らせた。


「分かるけど、嫌」


その正直さに、アルノは少し笑った。


外では、カインが泥を跳ねながら走っている。ガルドは橋の板を確かめに行き、ミレナは山羊小屋で桶を洗っている。バルナ婆さんの小屋では、一段高くした棚に薬草が揺れているだろう。


村は大きく変わっていない。


けれど、冬で傷んだものを直しながら、少しずつ次へ向かっている。


夕方、リナは畑の端を見に行った。


まだ芽は出ていない。


それでも、土の上に置いた藁は飛ばずに残っていた。


「これ、本当に食べられる?」


「育てば」


「育たなかったら?」


「次を考える」


「またそれ」


リナは少し笑った。


夜、灯りを整えると、煙は少なかった。


リナは寝る前に棚をもう一度見る。


「今年は、去年より持つかな」


「持たせる」


言ってから、少し大きすぎる言葉だったかと思った。


でもリナは笑った。


「じゃあ、私も持たせる」


小さな家の中で、灯りが静かに揺れる。


次の冬のための場所が、少しだけできた。


物語は、まだそこまでしか進んでいない。


でも今は、それで十分だった。


アルノは棚の奥に、空の布袋を一つ置いた。


まだ中身はない。


けれどリナは、それを見てすぐに言った。


「困った時の袋?」


「ああ」


「空っぽだね」


「これから入れる」


「何を?」


「まだ分からない」


リナは少し呆れた顔をしたが、袋をどけようとはしなかった。


空の場所を用意することに、前ほど不安を感じていないのかもしれない。


その夜、粥は薄かった。山羊乳はほんの少しだけで、塩も控えめだ。それでもリナは文句を言わなかった。食べ終わると、蜜の器を一度だけ見て、今日は開けずに棚へ戻す。


「食べないのか」


「今日はいい」


「宝物なのに?」


「宝物だから、残す」


その言葉は、リナの中で何かが少し変わった証のように聞こえた。


アルノは灯りを見る。


煙は少ない。芯を整える手つきも、前より迷わなくなった。


春はまだ続く。


泥も、水も、畑も、壺も、きっとまた失敗する。


でも、失敗しても直せるうちは終わりではない。


今年の家には、次の冬のための場所がある。


それだけで、去年より少しだけ強くなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ