第47話 春の巡灯
春の巡灯は、冬前より荷が少なかった。
大きな荷ソリはない。代わりに、泥よけを巻いた靴と、細い記録筒を肩に掛けている。
「春も来るんだ」
リナが驚いたように言うと、若い巡灯の女は笑った。
「冬が終わった後の方が、見ることは多いんだよ」
村長の家の前に、また板が出される。
今回は持ち寄りの量だけではなかった。橋。道。水場。畑。家畜小屋。冬で壊れた場所と、春に足りない物を聞いて回るらしい。
ガルドが橋の話をした。
「支えは直した、だが釘が少ない」
「記録します」
バルナ婆さんは棚の話をした。
「下段を少し上げた、一段だけだよ、まだ分からない」
「一段だけ、と書いておきます」
婆さんは嫌そうな顔をした。
「そんなことまで書くのかい」
「他の村でも使えるかもしれません」
その言葉に、アルノは少し顔を上げた。
ラーデ村の薬草棚の一段が、別の村の役に立つかもしれない。
不思議な感覚だった。
巡灯はアルノの方を見る。
「春の水桶を洗ったと聞きました」
「誰から」
「リナさんから」
リナは少し誇らしそうだった。
「底が変だったから」
巡灯は頷き、紙へ短く書く。
水桶、底洗い。灰。乾燥。
それだけの言葉が残る。
「こんなことも書くんですか」
アルノが聞くと、巡灯は真面目に答えた。
「春に腹を壊す家が増える年があります、水の扱いは大事です」
ただ気持ち悪いから洗った。
それだけのことが、誰かの腹痛を減らすかもしれない。
リナは今度、自分から言った。
「家の前に端板も置きました、泥が入るから」
「それも見ました」
巡灯は紙へ書き足す。
カインが小声で言う。
「端板まで書くのかよ」
アルノも少し同じことを思った。
でも灯院は、そういう場所なのだ。
大きなでき事だけではなく、小さなましを残す。
冬を越すための記録は、春にも続いている。
若い巡灯は、リナにも丁寧に聞いた。
「春になって、家で困ったことはありますか」
リナは少し考える。
「泥が入ると、床が冷たくなります、あと、壺を閉じるのが早すぎました」
「それも記録していいですか」
リナは驚いた顔をした。
「失敗も?」
「失敗の方が役に立つこともあります」
その言葉に、アルノは目を伏せた。
失敗は恥ずかしい。けれど、同じ失敗を別の家が避けられるなら意味がある。
巡灯は紙へ短く書いた。
壺、乾き前に閉じず。
それだけの言葉だった。
リナは少し複雑そうな顔をしていたが、最後には頷いた。
「じゃあ、次はちゃんと乾かしてから閉じるって書いて」
「書きます」
若い巡灯は微笑んだ。
灯院の記録は、できたことだけを残す場所ではないのだと、アルノは少し分かった。




