第46話 閉じた壺
失敗は、壺の中で起きていた。
朝、リナが小かぶの種袋を確かめようとして、すぐに顔をしかめた。
「アルノ兄」
その声で嫌な予感がした。
壺の布を外す。
中から、こもった匂いがした。強く悪いわけではない。けれど、乾いた種を入れておく場所の匂いではなかった。
アルノは壺の底を覗く。
わずかに湿りが戻っている。昨日、布袋の端が乾ききる前に入れたのかもしれない。
「……閉じるのが早かった」
「見放された?」
リナの声が小さくなる。
「種はまだ大丈夫だと思う、でも、このままは駄目だ」
すぐに中身を出した。
種袋は少し冷たい。布の端に湿りがある。
リナの顔が暗くなった。
「せっかくもらったのに」
「まだ捨てない、乾かす」
軒下へ出て、風の通る場所に置く。日が強すぎる所ではなく、湿りが抜ける場所だ。
バルナ婆さんを呼ぶと、壺を嗅いですぐに顔をしかめた。
「守るつもりで、湿りまで閉じ込めたね」
その通りだった。
布を掛けることばかり考えていた。虫や埃を防げば守れると思っていた。
でも、乾いていない物を閉じれば、中で悪くなる。
ガルドも来て、壺を横に倒した。
「乾いてから入れろ」
「分かってたつもりでした」
「つもりで壺は乾かん」
厳しい。
でも正しい。
カインは珍しくからかわなかった。種袋を見て、少しだけ眉を寄せる。
「大丈夫そう?」
「たぶん」
「たぶんか」
「今はそれしか言えない」
リナは種袋の横に座り、小さな石で袋が飛ばないよう押さえていた。
「私も、ちゃんと見なかった」
「リナが悪いわけじゃない」
「でも、私の種だもん」
その言い方が、少し大人びていて胸が痛い。
夕方、湿りは少し抜けた。婆さんが確認し、すぐ畑へ回す分には大丈夫だろうと言った。
リナはほっと息を吐く。
壺はその夜、棚の上で口を開けたまま置かれた。
閉じれば守れるわけではない。
乾かしてから閉じる。
失敗して、ようやく分かることもある。
婆さんは種袋を開け、中を少しだけ指で確かめた。
「まだ熱は持ってない、間に合ったね」
「熱?」
「悪くなる前に、妙にぬるくなる時があるんだよ、そうなったら危ない」
アルノは黙って聞いた。
匂いだけではない。温度も見る。湿りも見る。手触りも見る。
保存するというのは、ただしまうことではなく、しまった後も気にすることなのだ。
「ごめんね」
リナが種袋へ小さく言った。
「種に謝ってるのか」
カインが言うと、リナはむっとした。
「だって、育つかもしれないのに」
カインは少し黙り、それから頭を掻いた。
「まあ、そうか」
誰も笑わなかった。
小さな種でも、次へ回すものだと分かると、ただの粒には見えなくなる。アルノは壺の口を開けたまま、しばらく風に当てた。




