第45話 棚の高さ
バルナ婆さんの薬草小屋で、棚の足上げが始まった。
新しい棚を作るわけではない。古い棚の下に木片を足し、床から少し離すだけだ。
それでも婆さんは、朝から機嫌が悪そうだった。
「まったく、棚まで口出しされるとはね」
「嫌ならやめる?」
アルノが聞くと、婆さんは鋭く睨んだ。
「誰がやめるって言った」
やる気はあるらしい。
春になって床の冷えが緩むと、小屋の下段は湿りが溜まりやすくなっていた。下に置いた草束の端が黒くなり、匂いも少し重い。
「床から離すだけで違うと思う」
「思う、ね」
婆さんは鼻を鳴らす。
「まあ、前に間を空けたら少し良かったからね、一段だけなら試してやるよ」
ガルドが棚を持ち上げ、カインが木片を差し込む。エルクは黙って草束を移していた。
アルノも手伝おうとすると、エルクが軽い束を渡してくる。
「それ持て」
「気を使われてる?」
「落としそうだから」
「否定できないな」
リナは婆さんに頼まれ、乾いた葉と黒くなった葉を分けていた。
「この端、少しだけなら使える?」
「薬に少しだけはないよ」
婆さんの声は厳しい。
「悪い所は悪い、迷ったら除けな」
リナは真剣に頷いた。
食べ物なら、悪い所を切って使える時もある。だが薬草は違う。人に飲ませる物だからこそ、少しの迷いが怖いのだろう。
棚が少し高くなると、下に影ができた。床と草束の間へ、細く空気が入る。
「これだけ?」
カインが言う。
婆さんはすぐ返した。
「これだけで変わることもあるんだよ」
アルノは棚の下を覗いた。
手のひら一つ分の高さ。
本当に小さい。
でも、草束が床へ直接触れていた時とは違う。湿りに逃げ場ができたように見えた。
「全部やる?」
リナが聞く。
婆さんは首を振る。
「まず一段だけだ」
アルノは少し笑った。
「一段だけ」
「そうさ、全部やって失敗したら、全部見放される」
試すなら小さく。
この村で何かを変えるには、たぶんそれが一番合っている。
棚を上げた後、婆さんはすぐ草束を戻そうとはしなかった。
「乾いた風を通してからだよ」
そう言って、小屋の戸を少し開ける。
外の風が入ると、薬草の匂いがゆっくり動いた。今まで下に溜まっていた重い匂いが、煙と一緒に薄く流れていく。
リナはそれを見て、小さく鼻を鳴らした。
「前より息しやすい」
「草のためにやってるんだよ」
婆さんは言うが、少しだけ満足そうだった。
エルクは外に出した草束を、種類ごとに並べ直している。口数は少ないが、こういう時の手は早い。
「エルク兄、間違えないの?」
リナが聞く。
「匂いが違う」
「全部草の匂いだよ」
「違う」
それ以上説明しない。
けれど、リナは真剣に草を嗅ぎ比べ始めた。すぐに顔をしかめる。
「分からない」
「そのうちだ」
エルクの返事は短かったが、少し優しかった。




