第43話 古い壺
春市で手に入れた壺は、思ったより面倒だった。
家へ持ち帰ってすぐ使えると思っていたが、バルナ婆さんに見せると、まず嗅がれた。
「駄目だね」
一言だった。
リナが目を丸くする。
「割れてる?」
「割れてはいない、中が眠ってる」
「眠ってる?」
「前に何を入れてたか分からない匂いが残ってるってことだよ」
婆さんは壺の底を指で叩いた。
古い壺の中には、土と油と薬草が混ざったような匂いがあった。強く悪い匂いではない。けれど、種や乾いた草を入れるには少し気になる。
「洗えばいい?」
リナが聞く。
「洗う、乾かす、嗅ぐ、それから使う」
「すぐ使えないんだ」
「すぐ使える物なんて、そうそうないよ」
婆さんの声は当然だった。
アルノは壺を水桶の横へ置いた。
水を入れて揺らすと、底から細かい土が浮いた。リナが思わず顔をしかめる。
「これ、入れ物なのに汚い」
「入れ物だから汚れるんだろうな」
「じゃあ入れ物って大変だね」
「たぶん」
壺を洗い、灰を少し使って内側をこする。完全には綺麗にならない。けれど、濁った水を何度か捨てるうちに、匂いは少し軽くなった。
カインが戸口から覗き込む。
「何してんの」
「壺洗い」
「地味だな」
「地味な仕事ばっかりだ」
カインは笑った。
洗った壺は、すぐ棚へ置かなかった。口を下にして少し水を切り、それから口を横へ向ける。底に水が残らないよう、古い布の上に斜めに置いた。
リナは何度も中を覗く。
「もう乾いた?」
「まだ」
「もう?」
「まだ」
「壺、遅い」
アルノは笑いそうになった。
外では春の風が吹いている。冬の風とは違う。冷たさは残っているが、物を乾かす力がある。
壺の中を乾かすだけで、一日が過ぎる。
でも、乾かないまま使えば中の物が悪くなる。
保存は、しまう前から始まっているのだと思った。
洗い終えた水は、そのまま家の近くへ捨てなかった。バルナ婆さんに言われて、少し離れた土の低い所へ流す。
「壺の中にあったものを、家の足元へ戻すんじゃないよ」
「そんなに悪いものですか」
「悪いかどうか分からないものは、家から離すんだよ」
分からないから近くに置かない。
それは分かりやすかった。
リナは壺を覗き込んで、鼻をひくひくさせる。
「まだ少し変な匂い」
「じゃあまだだな」
「入れ物なのに、入れるまでが長い」
リナの不満はもっともだった。だが、アルノはその長さが大事なのだと思い始めていた。焦って入れれば、せっかく残した種も草も、壺の中で弱る。しまう前に待つことも、保存の一部だった。




