第42話 小かぶの種
小かぶの種は、リナの手の中で宝物みたいに扱われていた。
布袋は小さい。中身も多くない。振っても音がほとんどしない。
それでもリナは、何度も袋の口を確かめた。
「こぼれたら困る」
「まだ家の中だぞ」
「家の中でも困る」
真剣だった。
畑の端は、まだ土が重かった。雪解け水を吸っていて、足を置くとぬかるむ。冬の間、凍っていた土を起こすには力が要る。
ガルドがくわを入れた場所を、カインが雑に崩す。
「雑」
リナが言った。
「土なんだから雑でいいだろ」
「種入れるんだからよくない」
リナは言い返す。
カインは少し驚いた顔をした。
「なんかリナ、婆さんみたいだな」
「それは嫌」
即答だった。
アルノは小さく笑いながら、畑の端を見た。広い場所ではない。家の横の、日が少し当たる細長い土だ。ここで育つものは限られるだろう。
だが、何もないよりはいい。
「深く埋めすぎるなよ」
バルナ婆さんが杖で土をつつく。
「小さい種は、土を厚くかぶせると息が詰まる」
「種も息するの?」
リナが聞く。
「するさ、生きてるんだからね」
婆さんは当然のように答えた。
アルノはその言葉に少しだけ納得した。種は乾いた粒にしか見えない。でも、春の土へ入れば動き出す。
湿りすぎても駄目。
乾きすぎても駄目。
小さいものほど、置く場所を間違えるとすぐ弱る。
リナは指で小さなくぼみを作り、種を落とした。
「これでいい?」
「いい、上から軽く」
アルノが言うと、リナは慎重に土をかぶせた。最後に古い藁を薄く置く。
「これは?」
カインが聞く。
「泥が跳ねないように、あと冷えすぎないように」
「へえ」
カインは感心したような顔をして、それからすぐに言った。
「でも俺なら踏むかも」
「踏まないで!」
リナが本気で怒った。
その声に、皆が少し笑う。
小さな種は、土の中に消えた。
見えなくなると、不安になる。けれど、見えない場所でしか始まらないものもあるのだろう。
リナは畑の端をしばらく見つめていた。
「育つかな」
「育てる」
アルノが答えると、リナは少しだけ笑った。
「じゃあ、私も見る」
それはたぶん、この家で初めての春の約束だった。
ミレナも途中で顔を出した。手には山羊乳を搾った後の小さな桶を持っている。
「畑の端に蒔くなら、踏まれないように印を付けな」
「印?」
「枝を立てておくんだよ、カインが走って踏まないように」
「俺限定かよ」
カインが不満そうに言う。
ミレナは笑わずに返した。
「あんた限定だよ」
結局、畑の端には細い枝が三本立った。リナはその枝を見て、さらに満足そうに頷いた。
「これでカイン避け」
「魔獣避けみたいに言うな」
春の畑は、まだ頼りない。けれど、枝が立っただけで少し場所らしく見えた。ここに何かを育てるのだと、家の前の土が小さく決められた気がした。




