第37話 運べない荷
橋が細く繋がっても、荷はすぐには動かなかった。
村の中央には、レヴァンへ送る予定だった小さな荷が並んでいる。春草を広げた布包み。炭の小袋。修理用の木片。どれも大きくはないが、まとめれば重い。
荷ソリはもう使えない。
雪が消えた道では、ソリの底が泥を削るだけだった。
「荷車は?」
アルノが聞くと、カインが顔をしかめた。
「泥で沈む」
「押せば」
「押す奴も沈む」
実際、村の端で試した荷車は、半分も進まず泥に車輪を取られた。カインとエルクが押しても、車輪の周りに泥が盛り上がるばかりだった。
「冬の方がまだ楽だな」
カインが息を切らして言う。
「雪なら滑る」
「春は滑らない代わりに沈む」
エルクが短く答えた。
ガルドは荷を見て、すぐに決めた。
「分ける」
「何回も運ぶのかよ」
カインが嫌そうな声を出す。
「一度で運んで全部落とすよりましだ」
正しい。
けれど面倒だった。
春草は湿りやすい。炭は濡らしたくない。木片は重い。全部を一緒にすると、荷の底が泥を吸う。
アルノは布包みの下を見た。地面に直接置かれていた部分が少し湿っている。
「荷の下に板を置いた方がいい」
「また板か」
カインが言う。
「泥を吸う」
「荷が?」
「布が。中までいくかもしれない」
エルクが布包みを持ち上げ、底を見た。
「確かに」
ガルドは古い板を二枚持ってこさせた。
「荷置き場を決める。そこ以外に置くな」
「村の真ん中に?」
「泥の浅い所だ」
その日、村の中央に小さな荷置き場ができた。板を二枚並べただけの場所だ。けれどそこに置いた荷は、泥へ沈まない。
リナは春草の包みを両手で持ってきた。
「ここに置けばいい?」
「ああ」
「なんか、偉い荷みたい」
「濡れたら困るからな」
「じゃあ偉い」
リナは真面目に頷いた。
バルナ婆さんが後ろから笑う。
「荷も偉くなる時があるのかい」
「春草は偉いです」
リナが言い切ると、婆さんは少しだけ目を細めた。
「まあ、間違っちゃいないね」
結局、レヴァンへ出す荷は三つに分けられた。
エルクが一つ。ガルドが一つ。残りは明日、道が少し乾いてから運ぶ。
全部を一度に片付けられないのはもどかしい。けれど、春の道で欲張れば、橋か泥のどちらかで失う。
アルノは板の上に置かれた小さな荷を見た。
守るために、少なくする。
それは冬の食べ物にも、水にも、薬草にも似ていた。
「アルノ兄、また考えてる」
リナが言う。
「荷が濡れないか見てるだけだ」
「それを考えてるって言うんだよ」
カインが横から笑った。
「アルノは荷まで心配する」
「荷が悪くなったら困るだろ」
「まあな」
カインは泥だらけの靴を持ち上げた。
「まず俺の靴が困ってるけど」
ミレナが遠くから声を飛ばす。
「家に入る前に泥落としな!」
「分かってる!」
分かっていない顔だった。
リナが小さく笑う。
春は、動き始める季節だ。
でも、動かせないものがこんなにある。
道が乾くのを待つ。荷を分ける。板の上へ置く。泥を落とす。
冬とは違う我慢が、村のあちこちに増えていた。
その日の夕方、板の上の荷はまだ濡れずに残っていた。リナがそれを見て、少し誇らしそうに笑う。
「偉い荷、ちゃんと持ったね」
「板がな」
「板も偉い」
アルノは否定しなかった。春には、板一枚にも仕事がある。そんなことを、少し本気で思った。




