第36話 崩れた橋
橋が崩れたのは、次の日の朝だった。
完全に落ちたわけではない。
けれど中央の板が一枚割れ、片側の縄が外れていた。橋は斜めに沈み、下の水が黒く口を開けているように見えた。
「昨日、荷を通さなくてよかったな」
カインが青い顔で言った。
ガルドは返事をしなかった。橋の手前に立ち、ただじっと崩れた場所を見ている。
村の男達が少しずつ集まってきた。板を抱える者、縄を持つ者、杭を運ぶ者。エルクも森道から戻り、黙って荷を下ろした。
「水が早い」
エルクが低く言う。
橋の下では、雪解け水が勢いよく流れていた。昨日より少し増えている。水面には枝や濡れた葉が流れ、橋脚の根元へ何度も当たっている。
ガルドは短く指示を出した。
「下りるな。まず上を外す」
「俺は?」
カインが聞く。
「縄を持て」
「アルノは?」
「板を押さえろ。水側へ寄るな」
アルノは頷いた。
作業は思っていたより怖かった。
橋の上へ乗るわけではない。それでも、割れた板を外すたびに橋全体が小さく揺れる。水音が大きく、足元の土も柔らかい。
リナは少し離れた場所でミレナと一緒にいた。手伝いたそうにしているが、近づくなと言われている。
「アルノ兄、そこ危なくない!?」
「危なくない」
「危なそう!」
「近づくな」
ガルドが言うと、リナはすぐ黙った。
外された板の裏は黒かった。指で押すと、柔らかく崩れる部分がある。
「上から見ると、まだ使えそうだったのに」
アルノが呟く。
「下から先に駄目になる」
ガルドは言った。
「雪も水も、見えない所へ入る」
その言葉は、家の湿気にも、干し草にも、薬草棚にも繋がっている気がした。
見える所だけ整えても、見えない下が悪くなっていれば持たない。
カインが縄を引きながら顔をしかめる。
「これ、今日中に直る?」
「渡れるようにはする」
「荷は?」
「軽い荷だけだ」
全部は戻らない。
けれど、全く渡れないよりはいい。
ガルドは新しい板を合わせた。古い板と幅が少し違う。ぴったりではないが、水が逃げる隙間はある。
「隙間、空けるんですね」
「詰めると水が乗る」
「雪囲いと同じですか」
ガルドは少しだけアルノを見た。
「似たようなもんだ」
それだけで、アルノには少し嬉しかった。
昼近くまでかかって、橋はどうにか人が渡れる形になった。荷ソリはまだ無理だ。けれど薬草籠や小さな荷なら通せる。
リナが橋の手前まで来て、そっと覗き込む。
「もう落ちない?」
「今すぐは落ちん」
ガルドが答える。
「春の水が落ち着いたら、また直す」
「二回やるの?」
「一回で済む春は少ない」
その言い方に、誰も笑わなかった。
アルノは新しい板に手を置いた。まだ少し湿っている。けれど古い板よりずっと硬い。
完全に直ったわけではない。
でも、道は細く繋がった。
春の仕事は、壊れたものを元通りにすることではなく、次に直せるところまで持たせることなのかもしれない。
帰り道、カインが泥だらけの手を見せて笑った。
「俺、今日かなり働いたよな」
「縄を持ってただけだろ」
「それが大事なんだよ」
アルノは少し考え、頷いた。
「まあ、大事だった」
カインは満足そうに笑った。
橋の下では、春の水がまだ大きな音を立てて流れていた。




