第34話 橋の向こう
小川の橋は、村の外れにあった。
ラーデ村からレヴァンへ向かう道の途中、森へ入る少し前。冬の間は雪に埋もれて目立たなかったが、雪が解けると姿がはっきり見えた。
はっきり見えた分、傷みもよく分かった。
板の端が黒い。縄が緩んでいる。支えの杭の周りを、水が強く削っていた。
小川と言っても、春の水は勢いがある。冬の間に溜まった雪が解け、森から流れてきているのだ。水音は思っていたより大きかった。
「これは、渡れるのか」
アルノが呟くと、カインが橋の手前で足を止めた。
「一人ならいける」
「荷ソリは?」
「知らん」
「知らんって」
ガルドが後ろから来た。
「荷は通すな」
その一言で、カインの顔が曇る。
「じゃあレヴァンへ運べないじゃん」
「直す」
「いつ?」
「今見る」
ガルドは橋へ近づき、片膝をついた。板を叩き、縄を引き、杭の根元を見ていく。手つきは雪囲いの時より慎重だった。
アルノは水の流れを見る。
澄んでいる部分もあるが、底の土が削れている。橋の下で水が渦を作り、木の枝や古い葉を運んでいた。
「この水、怖いね」
リナがアルノの袖を掴む。
「落ちたら流される?」
「大人でも危ない」
ガルドが答えた。
リナはすぐに橋から一歩下がった。
「じゃあ近づかない」
「それでいい」
ガルドは橋の板を一枚持ち上げようとした。少し動く。裏側は黒く、手で触ると柔らかそうだった。
「見放されてる?」
リナが小さく聞く。
「見放されかけてる」
ガルドは短く言った。
「まだ全部じゃない、だが荷は無理だ」
アルノは板の隙間を見る。
冬の間は雪で隠れていた。皆、橋があると思って通っていた。けれど春になって水が増え、隠れていた傷みが表に出てきた。
春は、冬の答え合わせみたいな季節だと思った。
「板を替えるんですか」
「板だけじゃない、杭も見る」
「杭も?」
「上だけ直しても、下が削れてりゃ落ちる」
ガルドは水の縁へ下りた。長い棒で杭の根元を突く。土が少し崩れ、水が濁った。
「ほらな」
カインが顔をしかめる。
「うわ、下がない」
「ある、だが弱い」
ガルドは立ち上がり、橋をもう一度見た。
「今日は印を付ける、明日、村の男を呼ぶ」
「俺も?」
カインが聞く。
「お前もだ」
「アルノも?」
「持てる物を持て」
アルノは頷いた。
橋一つで、村と外の繋がりは細くなる。
レヴァンへ行けなければ、薬草も粗塩も遅れる。こちらからの木材や炭も出せない。たった数枚の板に、思ったより多くのものが乗っていた。
帰り道、リナは何度も振り返った。
「橋、直る?」
「直すんだろ」
「落ちない?」
「落ちないようにする」
「アルノ兄も落ちないでね」
「俺は橋を直せない」
「でも手伝うんでしょ」
リナは真剣だった。
アルノは小さく息を吐く。
「落ちない」
「絶対?」
「絶対」
リナはようやく頷いた。
春の水音が、背中の後ろでずっと続いていた。
村へ戻ると、リナはすぐ靴の泥を落とした。いつもより丁寧だった。橋の下で流れていた水の音が、まだ耳に残っているのだろう。
アルノも同じだった。橋はただの板ではない。誰かが帰ってくるための細い道なのだと、ようやく分かった気がした。
その道が弱れば、薬草も粗塩も遅れる。
家の小さな灯りも、遠い橋の上に乗っているのかもしれなかった。




