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腐敗は神罰ではありません 〜保存と冬支度から始める、寒村の生活改善〜  作者: 高山 墨人
第一章 ラーデ村の冬越し

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閑話 リナの灯り

アルノ兄が変わってから、私は眠る前に灯りを見るようになった。


前は、ただ消えないかどうかだけを見ていた。油が残っているか、火が小さくなりすぎていないか。夜の家が真っ暗にならないか。


でも最近は、少し違う。


火が揺れすぎていないか。

煙が黒くなっていないか。

布の端が焦げていないか。

アルノ兄が、何か気にしている顔をしていないか。


そういうことまで見るようになった。


「リナ、もう寝ろ」


アルノが灯りのそばで言った。


手には古い布がある。さっきまで灯りの芯を少しだけ整えていた。前より煙が少なくなるように、少しだけ切って、少しだけ向きを直す。


少しだけ。


アルノ兄は最近、その言葉をよく使う。


「まだ眠くない」


「欠伸してた」


「してない」


「してた」


「ちょっとだけ」


そう言うと、アルノ兄は小さく笑った。


前のアルノ兄は、あまり笑わなかった気がする。


怒っていたわけではない。冷たかったわけでもない。ただ、家の中にいるのに、家の中を見ていないような時があった。


水が少し臭っても、気づかない。

寝床が湿っていても、ぼんやりしている。

灯りの煙で目が痛くても、そのまま座っている。


私は、それが少し怖かった。


父さんが森から帰ってこなくなって、母さんもいなくなって、この家で本当に帰ってくる人はアルノ兄だけになった。


そのアルノ兄が、家にいるのに遠くにいるみたいな顔をすると、胸の奥が冷たくなった。


でも、熱を出してからのアルノ兄は変わった。


変なことばかり言う。


最初は、少し困った。


窓を開ける。

水が臭う。

干し草を壁から離す。

灯りの芯が長い。

床が湿る。

草が悪くなりそう。


最初は、どうしてそんなことばかり気にするのか分からなかった。


けれど、灯りの煙が少し減った夜、リナは思った。


前より怖くない。


家の中に、ちゃんとアルノ兄がいる気がした。


そこにいて、ちゃんと帰ってきてくれる人の顔だった。


「何見てる」


アルノ兄が聞いた。


「灯り」


「眠れなくなるぞ」


「前より落ち着くからいいの」


アルノ兄は灯りを見る。


「少しはましになっただけだ」


「少しでもいいよ」


そう言うと、アルノ兄は黙った。


私は寝具に入り、肩まで布を引いた。古い布だけれど、少し縫い直されている。縫い目は曲がっていた。母さんみたいにきれいではない。


でも、アルノ兄が縫ったものだ。


「アルノ兄」


「ん?」


「明日もいる?」


アルノ兄は少しだけ手を止めた。


自分でも、変なことを聞いたと思った。明日もいるに決まっている。家にいる。朝になったら起きる。水を見て、湿気を見て、また変な顔をする。


でも、聞きたかった。


「いる」


アルノ兄はそう答えた。


「どこか行く時は言う」


「帰ってくる?」


「帰ってくる」


その言葉で、胸の奥にあった小さな冷たさが少し溶けた。


絶対とは言わなかった。


けれど、今のアルノ兄は、帰ってくるために考えてくれる気がした。


私は灯りを見た。


火は小さく揺れている。前より煙は少ない。部屋の隅はまだ暗いし、壁も湿っている。床も冷たい。


でも、今日は怖くない。


「おやすみ」


私が言うと、アルノ兄は灯りの向こうで頷いた。


「おやすみ」


句点のない短い声だった。


私は目を閉じる。


灯りの匂いは、前より少しだけ軽かった。


その少しだけが、私には十分だった。


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