第29話 バルナ婆さんの棚
バルナ婆さんの小屋へ行くと、棚の並びが少し変わっていた。
「あれ」
「見りゃ分かるだろ」
婆さんが鼻を鳴らす。
「少し間を空けた」
前より、風が通っている。
吊るされた薬草が、かすかに揺れていた。
小屋の中の匂いも、前より重くない。
アルノは棚へ近づく。
乾いた草の匂い。
煙の匂い。
少し苦い薬の匂い。
湿った木の匂いはまだあるが、奥に溜まる感じは減っていた。
「どう?」
アルノが聞くと、婆さんは草束を指でつまんだ。
「見放される草、少し減ったね」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。
完全に信じたわけじゃない。
でも、ちゃんと試してくれている。
それが分かった。
「……よかった」
「まあ、まだ全部じゃないけどね」
婆さんは棚を見上げる。
「湿る日は、どうしたって加護が離れる草もある」
そこで少し止まり、婆さんはアルノを見た。
「でも前より、悪くなりにくい」
その言葉が妙に耳へ残った。
見放される。
加護が離れる。
悪くなる。
少しずつ、言葉が混ざり始めている。
婆さんは村の言葉で話す。
アルノは湿気や空気の流れで考える。
どちらも同じ物を見ているのに、使う言葉が違う。
「……この前」
アルノが口を開く。
「リナ、ありがとうございました」
「なんだい急に」
「婆さんのところ、楽しかったみたいで」
婆さんは少し黙った後、ふんと鼻を鳴らした。
「礼を言われるようなことじゃないよ」
「でも」
「あの子が春に棘草の棘取りを手伝った分だ。働いたんだから、食べる理由はある」
そう言って、草束を揺らす。
「それだけさ」
でも、その言葉の後に少しだけ間があった。
「……戸口ばっか見てる子を放っとくと、家の加護まで離れるからね」
ぼそりとした声だった。
アルノは少しだけ目を伏せる。
「そうか」
「そうだよ」
婆さんは照れ隠しみたいに棚を叩いた。
「ほら。上段、もう少し空けるんだろ。やるならさっさとやんな」
アルノは小さく笑った。
「一段だけな」
「そう。一段だけだ」
婆さんは満足そうに頷いた。
全部は無理。
でも、一段なら変えられる。
その感覚が、今のアルノにはちょうどよかった。




