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腐敗は神罰ではありません 〜保存と冬支度から始める、寒村の生活改善〜  作者: 高山 墨人
第一章 ラーデ村の冬越し

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第28話 少しだけ甘い

翌日、ミレナが小さな包みを持ってきた。


布に包まれたそれを見た瞬間、リナの目が少しだけ大きくなる。


「何?」


「レヴァンで少し手に入ったんだよ」


ミレナはそう言って、包みを卓の上へ置いた。


布を開くと、中には茶色がかった硬い蜜の塊が入っていた。


透き通る黄金色ではない。


ところどころ濁り、少し黒い粒も混じっている。


それでも、甘い匂いがふわりと広がった。


「……蜜?」


リナの声が変わった。


「甘いの!?」


「少しだけね」


「ほんとに!?」


リナが身を乗り出す。


その勢いに、ミレナが笑った。


「落ち着きな」


「だ、だって……!」


リナは包みを覗き込みながら、そわそわしている。


指先が布の端を掴んだり離したりしていた。


「昨日は婆さんの汁で、今日は蜜か」


アルノが言う。


「食べてばっかりだな」


「違うもん」


リナは真顔で反論した。


「昨日のはご飯。これは宝物」


「そこまでか」


「そこまで!」


ミレナが小刀で蜜を小さく削る。


ほんの欠片だ。


爪の先ほどしかない。


それでもリナは、まるで宝石を見るみたいに目で追っていた。


「はい。少しずつだよ」


リナは欠片を両手で受け取った。


すぐには食べない。


まず匂いを嗅ぎ、それからアルノを見る。


「食べていい?」


「リナのだろ」


「でも、アルノ兄も」


「俺は後でいい」


リナは少し迷ってから、蜜を舌へ乗せた。


動きが止まる。


目が丸くなる。


「……あまぁ」


ぽつりと漏れた声が、本当に幸せそうだった。


それから、顔がぱっと明るくなる。


「すごい。甘い。ほんとに甘い」


「甘い物だからねぇ」


ミレナが笑う。


リナは欠片がすぐ無くならないように、舌の上で大事そうに転がしていた。


「そんなに好きか」


「好き!」


即答だった。


「母さんがいた時、ちょっとだけ食べたことある」


その名前が出ても、リナは泣かなかった。


ただ少しだけ遠くを見る。


「甘いのって、忘れないよね」


アルノは何も言えなかった。


ミレナが残った蜜を小さな器へ移す。


「全部食べちゃ駄目だよ。少しずつ。寒い日にね」


「うん」


リナは真剣に頷いた。


その日、リナは何度も器の蓋を開けかけては、思い直して閉じた。


「見るだけなら減らないよね」


「匂いは逃げるんじゃないか」


「えっ」


リナは慌てて蓋を押さえた。


真剣すぎる顔だったので、アルノは少しだけ笑ってしまう。


「笑った」


「悪い」


「蜜は大事なんだから」


リナは器を棚の奥へ置いた。


そこは湿りにくく、火からも遠すぎない場所だった。


「そこがいいのか」


「母さんが、甘い物は奥に置くって言ってた。見えると食べたくなるから」


その理由に、アルノは納得してしまった。


ミレナはその様子を見て、満足そうに頷いた。


「甘い物は腹いっぱいにはならないけどね。冬には、こういうのもいるんだよ」


アルノはリナを見る。


小さな蜜ひとつで、家の中が少し明るくなっている。


腹を満たす物だけが、人を生かすわけではないのかもしれない。


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