第27話 リナの怒り
家へ戻ると、リナが怒っていた。
戸を開けた瞬間、竈の前から立ち上がる。
頬は少し赤い。寒さのせいだけではなさそうだった。
「遅い!」
「……もう帰ってたのか」
「帰ってたよ!」
リナは腕を組んだまま睨んでくる。
アルノは靴についた雪を落としながら、少し視線を逸らした。
「婆さんのところ、どうだった」
「え?」
「汁、うまかったか」
「今それ聞く!?」
リナの声が大きくなる。
「帰ってきたと思ったらそれ!?」
「いや、気になったから」
「絶対ごまかそうとしてる!」
図星だった。
アルノは少し咳払いをする。
リナはまだ怒っている。
けれど、その顔は完全に怒っているだけではなかった。不安と安心が混ざっている。
「……で、どうだった」
「おいしかった」
リナは少しだけ声を落とした。
「干し肉の端、入ってた」
「よかったな」
「うん。でも」
リナは唇を尖らせる。
「帰ってくるまで、味しなかった」
その言葉で、アルノは動きを止めた。
ローグは帰ってこなかった。
だからリナにとって、“外へ行く”はそれだけで怖い事なのだ。
「……悪かった」
アルノはちゃんと言った。
「次は、もっと早く帰る」
「絶対?」
「絶対」
リナはまだ怒った顔をしていた。
けれど目元は少しだけ緩んでいる。
「……足、濡れてる」
「ああ」
「ほら、早く替えて。風邪引く」
「怒ってたんじゃないのか」
「怒ってるよ!」
リナは棚から乾いた布を取り出し、少し乱暴に渡してきた。
アルノは受け取る。
布は暖かい場所に置いてあったのか、ほんのり温かった。
「ありがとう」
「……別に」
リナはそっぽを向く。
竈には粥の鍋が掛かっていた。
火の匂い。
薄い麦の匂い。
少しだけ残った干し肉の匂い。
家の中は暖かかった。
足布を替えると、冷えた足先が少し戻ってくる。
リナはその間もちらちらこちらを見ていた。
「エルクは?」
「婆さんのところ。薬草置いてくって」
「そう」
リナは鍋をかき混ぜる。
「エルクは、ちゃんと帰ってくる?」
「あいつは森道に慣れてる」
「でも、慣れてても帰れない時あるでしょ」
アルノは返事に詰まった。
その通りだった。
慣れていれば大丈夫、ではない。
ベルクレインの冬は、そういう甘さを許してくれない。
「……そうだな」
リナは木椀へ粥をよそう。
湯気が立った。
「だから、早く帰ってきて」
「ああ」
「ちゃんと、ただいまって言って」
アルノは少しだけ黙る。
「ただいま」
今さらみたいに言うと、リナはようやく小さく頷いた。
「おかえり」
その一言で、家の空気が少しだけ柔らかくなった。
外では雪が降り続いている。
でも、この家の中には、待っていてくれる人がいる。
アルノは木椀を受け取りながら、その重さを静かに噛みしめた。




