第23話 街道の白
レヴァンへ続く道は白かった。
ただの白ではない。踏み固められた雪の白。木の根元に溜まる湿った白。人や荷ソリが通った跡に泥が混ざった、灰色に近い白。
アルノは足元を見ながら歩いた。
足布のおかげで、前ほど冷えない。けれど楽ではなかった。雪を踏むたび、足首へ重さが返ってくる。少し油断すると、固そうに見える場所で沈む。
「そこ、右」
エルクが前から言う。
アルノが言われた通り右へ寄ると、左側の雪がふかりと崩れた。
「……危な」
「下に溝がある」
「見えないだろ」
「慣れれば分かる」
分からない。
アルノは素直にそう思った。
森は静かだった。鳥の声も少ない。時折、遠くで枝が折れる音がする。雪の重みで限界を迎えた枝が、乾いた音を立てて落ちるのだ。
エルクは時々、道から少し外れて草の根元を見た。雪を手で払って、葉の色を確かめる。採る草もあれば、そのまま戻す草もある。
「それは採らないのか」
「まだ弱い」
「弱い?」
「加護が寄ってない。今採っても持たない」
エルクは短く言い、また歩き出す。
薬草にも時期がある。早ければいいわけではない。寒くなってから根へ力が寄る草もある。だから巡灯の後で、改めて森へ入る必要があるのだ。
「毎年こうなのか」
「巡灯の後はな」
「頼まれる草は決まってる?」
「だいたいは。でも年によって違う。熱が多い年もある。腹を壊す年もある。怪我が増える年もある」
エルクはそこで少し黙った。
「珍しい草を言われる年もある」
その言葉は、雪へ落ちるみたいに小さかった。
アルノは顔を上げる。
エルクは前を向いていた。表情は見えない。
「昔も?」
そう聞いてから、少し踏み込みすぎた気がした。
エルクはしばらく答えなかった。
雪を踏む音だけが続く。
「……あった」
それだけだった。
ローグのことだと、何となく分かった。
だがエルクは続けない。アルノも聞かなかった。
倒木の陰で休むことになった。エルクは籠を下ろし、アルノへ水筒を渡す。
「飲め」
冷たい水だった。村の水より澄んでいる。喉を通ると、胸の奥まで冷えた。
アルノはリナにもらった干し芋を取り出す。
「食うか」
半分差し出すと、エルクは一度断ろうとして、それから小さく受け取った。
「リナのだろ」
「ああ」
「少しだけにしとく」
本当に少しだけ齧った。
そういうところが、面倒見のいい兄みたいに見える。口数は少ないが、人の分をちゃんと残す。
休み終えると、エルクは雪を払って立ち上がった。
「行くぞ。午後は崩れやすい」
理由がいつも冬だった。
道の先に、遠くレヴァンの屋根が見え始める。黒い屋根。白い雪。細い煙。
アルノは少し足を止めた。
「見えた」
「まだ歩く」
「分かってる」
レヴァンは近いようで遠い。
でも、道が繋がっている。それだけで、ラーデ村は完全には孤立していないのだと思えた。
歩き出してから、アルノは何度か後ろを振り返った。ラーデ村はもう見えない。白い森だけが続いている。帰る場所が見えなくなると、道の寒さが少し増した気がした。




