第22話 レヴァンへ行く準備
朝、エルクが家へ来た。
戸を叩く音は短い。二度だけ。リナが顔を出す前に、アルノは相手が誰か分かった。
「今日、レヴァンへ行く」
エルクは戸口に立ったまま言った。肩には薬草籠。外套には薄く雪が付いている。
「またか」
アルノがそう言うより先に、リナが不安そうに顔を上げた。
「この前、巡灯が来たばっかりなのに?」
その声には、責める感じはなかった。ただ、不思議そうで、少し心配そうだった。
エルクは薬草籠の紐を確かめながら答える。
「巡灯は持っていくだけじゃない。足りない物も置いていく」
「置いていく?」
「頼み事だよ」
そこへ、バルナ婆さんが後ろから現れた。いつものように薬草の匂いをまとっている。
「村から渡す分は渡した。でも今年は熱冷ましが薄いんだとさ。腹にくる病も増えてるらしい。レヴァンで足りない草が偏る年は、こっちで採って届けるんだよ」
リナは少し納得したように頷く。
「じゃあ、巡灯さんは取りに来たんじゃなくて、足りないものを教えに来たの?」
「そういうことだね」
バルナ婆さんは鼻を鳴らした。
「全部あの人らが運べるなら苦労しないよ。村で採れる草は村で採る。揃ったらエルクが届ける。昔からそうしてる」
アルノは薬草籠を見る。中にはまだ余裕があった。これから森へ入り、足りない草を採ってからレヴァンへ向かうのだろう。
「珍しい草なのか」
「霜根草が少し要る」
エルクが短く答えた。
「初雪の後の方が加護が寄る草だ。早く採ると弱い」
冬に近いほど良くなる薬草。そう聞くと、危ない時期に森へ入る理由も少し分かる。
リナはますます心配そうになった。
「じゃあ、危ないんじゃないの」
「危ない時は奥へ行かない」
「ほんと?」
「ほんと」
エルクの返事はいつも短い。けれど、嘘を言っている感じはしなかった。
カインが外から顔を出す。
「またレヴァンか。アルノも行くの?」
「行く」
「前みたいに帰ってきてへばるなよ」
「うるさい」
カインは笑いながら、丸めた布を投げてきた。
「足布。前、足冷えてただろ」
アルノは受け取る。布は少し古いが厚みがある。
「助かる」
「帰りが遅いとリナが怒るからな」
リナはむっとした顔をしたが、否定はしなかった。
バルナ婆さんは薬草籠の中を確認し、エルクへ小袋を一つ渡した。
「採れた分は無理に詰めるんじゃないよ。見放される前に戻りな」
「分かってる」
エルクはそう言って、小袋を籠へ入れた。
アルノは外へ出る。空は重い灰色だった。雪は止んでいるが、風に湿り気がある。遠くの森は白く霞んでいた。
「ちゃんと帰ってきてね」
リナがもう一度言う。
「夕方には戻る」
アルノが答えると、リナは小さく頷いた。
エルクは先に歩き出す。薬草籠が背中で小さく揺れている。
巡灯が来ても、仕事は終わらない。足りない物はその年ごとに違う。冬はいつも同じ顔をしているようで、必要な物は毎年少しずつ変わる。
アルノは足布を巻いた靴で雪を踏み、エルクの後を追った。
戸を閉める前、リナはもう一度だけアルノの袖を掴んだ。止めたいわけではない。ただ、手を離すまでに少し時間が欲しい顔だった。アルノは何も言わず、その手が離れるのを待った。




