第21話 小さい温かさ
雪が続いていた。
重い雪だった。屋根へ積もる音も、窓の外で風が擦れる音も、いつもより低い。ラーデ村の冬は、音まで湿っている気がする。
家の中は薄暗い。昼なのに、外の雪雲のせいで明るさが足りなかった。
それでも竈の前だけは、少し暖かい。
「できたよ」
リナが小さな鍋を両手で抱えてきた。鍋と言っても、底の浅い古い鉄鍋だ。縁は黒く、持ち手には布が巻かれている。
今日の食事は黒麦粥と芋。それに、ほんの少しだけ山羊乳が入っていた。
「今日は豪華だな」
アルノが言うと、リナは少し得意げに胸を張った。
「ミレナさんが、ちょっとだけ分けてくれたの」
「いいのか」
「昨日、干し草運ぶの手伝ったからって」
木椀へ粥が注がれる。湯気が立った。白くはない。黒麦の粒が残った、薄い粥だ。けれど、山羊乳の匂いが混ざるだけで、いつもの粥よりずっと柔らかく見えた。
アルノは匙を入れる。少し粘りがあり、芋は端が崩れている。
「……塩、ちょっと入れすぎたかも」
リナが不安そうに言った。
食べる。確かに少ししょっぱい。灰色がかった粗塩は粒が揃わないから、少しのつもりでも味が偏る。
だが、寒い日にはそれも悪くなかった。
「いや、今日はこれくらいでいい」
「ほんと?」
「寒いし」
リナはほっと笑った。
その顔を見ると、まあいいかと思う。
前の自分なら、食事なんてただ腹へ入れるだけだった気がする。味も匂いも、ゆっくり考えた記憶が薄い。
けれど今は、湯気が嬉しい。木椀を持つ手が温まるだけで、少し息が楽になる。
「アルノ兄、最近ちゃんと食べるよね」
「前は食べてなかったのか」
「食べてたけど、ぼーっとしてた。母さんがいた頃も、父さんがいた頃も、たまに遠く見てた」
リナは何気なく言ったのだろう。けれど、アルノは少し黙った。
セラがいた頃。ローグがいた頃。
その家の形を、今のアルノははっきり思い出せない。けれどリナの中には残っている。
「……そうか」
「今は、ちゃんと熱いって顔する」
「それは褒めてるのか」
「うん」
リナは真面目に頷いた。
外では雪が落ちる音がした。壁が少し震える。
小さな家。少ない食事。湿った空気。決して豊かではない。
でも、木椀の中の粥は温かかった。
アルノはもう一口食べる。
「うまい」
リナの目が少しだけ大きくなる。
「ほんと?」
「ああ」
「よかった」
リナは自分の椀を抱え、嬉しそうに匙を動かした。
湯気の向こうで笑うその顔を見て、アルノは思う。
こういう小さい温かさを、少しでも減らさずに冬を越したい。
それはたぶん、たいした願いではない。
けれどこの国では、その小ささが一番難しいのかもしれなかった。
食べ終わった後も、リナは空の椀をすぐには離さなかった。残った湯気を逃がすのが惜しいみたいに、両手で包んでいる。
「明日もこれがいい」
「山羊乳があればな」
「じゃあ、またミレナさん手伝う」
リナは本気だった。小さい体で、冬の中から少しでも温かいものを拾おうとしている。その姿を見て、アルノは椀の底に残った黒麦を匙で集めた。
食事は腹を満たすだけじゃない。たぶん、明日も動こうと思うための火種でもあるのだ。




