第19話 乾かす場所
翌朝、アルノは家の中を歩き回っていた。
リナは竈の前で山羊乳を温めながら、嫌そうな顔をしている。
「また何か気になるの?」
「干し草」
「昨日動かしたよ」
「まだ湿る」
「もう……」
リナは呆れた声を出したが、アルノが見ている場所を一緒に覗き込んだ。
壁から少し離した干し草は、前よりましだった。けれど床に近い束は、触ると少し冷たい。指先に湿りが残る。
「これ、下が駄目だな」
「下?」
「床に近いと悪くなりそう」
「じゃあ、どこ置くの?」
アルノは梁を見上げた。
「吊るせないか」
「落ちたらどうするの」
「落ちないようにする」
「それができないから聞いてるんだけど」
リナの言葉は正しい。
縄と板が必要だ。家にある物だけでは少し心もとない。
「カイン呼ぶか」
「また巻き込む」
「作るのはあいつの方が早い」
カインはすぐ来た。なぜか楽しそうだった。
「また変なことか?」
「干し草を吊るしたい」
「なんで」
「床だと悪くなりそう」
「加護離れるってことか」
「たぶん」
カインは梁を見上げる。
「親父呼ぶか」
「そんな大げさな」
「落ちてきたら大げさだろ」
結局、ガルドも来た。
ガルドは梁を見上げ、干し草を掴み、縄を一本引いた。それだけで大体分かったらしい。
「一か所で吊るすな。湿ると重くなる」
「乾くと軽いのに?」
「湿った時のために作る」
そう言って、ガルドは板を二枚渡した。
作業をしている間、山羊が小屋の中で鳴いた。
リナが振り返る。
「乳、あとで見ないと」
「忙しいな」
「冬前はみんな忙しいよ」
リナは当たり前のように言った。
その言葉が、少しだけセラのものに聞こえた。
ガルドは梁へ縄を掛けながら、低く言う。
「吊るす場所は増やしすぎるな。頭ぶつける」
「カインが?」
「なんで俺限定なんだよ」
「一番走るから」
リナが真顔で言う。
カインは文句を言おうとして、梁へ頭をぶつけた。
「……痛ぇ」
「ほら」
リナが笑う。
アルノも少し笑った。
ただ干し草を吊るすだけの作業なのに、家の中へ人が増えると空気が変わる。湿った壁も、煤けた梁も、少しだけましに見えた。
小さな工夫一つでも、家の空気は変わる。
アルノは吊るされた干し草を見上げながら、そんな事を思った。




