第18話 塩の粒
ミレナが来たのは、昼を少し過ぎた頃だった。
片手には布包み。もう片方には、小さな木椀を持っている。
「リナ、いるかい」
「ミレナさん!」
リナがぱっと顔を上げる。
ミレナは家へ入ると、まず部屋の空気を嗅いだ。
「前より少しましだね」
「窓開けたから」
アルノが答えると、ミレナは笑った。
「寒いのにようやるよ」
そう言いながら、布包みを開く。
中には、灰色がかった粗い塩が入っていた。
粒は不揃いで、少し湿って固まりかけている。白くも、綺麗でもない。けれどリナは目を輝かせた。
「塩だ」
「少しだけね。レヴァンから前倒しで回ってきた分だよ」
「いいの?」
「ガルドが木板を多めに出したからね。あと、アルノんちは今少ないだろ」
ミレナはさらりと言った。
恩着せがましくない。けれど、ちゃんと見ている。
リナは布包みを両手で受け取った。
「ありがとう」
「大事に使いな。湿らせると固まるよ」
アルノは塩を見つめる。
アルノがぼんやり思い浮かべた白い粒とは違う。これはもっと重く、土や海や手間の匂いがする物だった。
「これで肉が持つんだよな」
「そうさ。入れすぎると食えたもんじゃないけどね」
ミレナが笑う。
「塩は強い。でも強すぎる。だから上手く使わないと、加護が寄るどころか食べる手が離れる」
「食べる手が離れる?」
「まずいってことだよ」
リナが笑った。
リナは指先で塩を少しだけつついた。
「舐めていい?」
「ほんの少しだよ」
ミレナが言うと、リナは粒を一つだけ舌へ乗せた。
すぐに顔をしかめる。
「しょっぱい」
「塩だからね」
「でも、ちょっと嬉しい」
リナはそう言って笑った。
アルノはその顔を見て、塩の袋をもう一度見下ろす。
粗くて、湿っていて、少し灰色で、決して綺麗とは言えない。けれど、この小さな袋があるだけで、冬の食べ物は少し持つ。
ミレナは棚の上を確認し、湿った布をどけた。
「ここに置くのはやめな。壁際は加護が離れやすい」
アルノは反射的に壁を見た。
湿気が溜まりやすい場所だ。
「上の棚なら?」
「そっちの方がいいね。あと、袋の口は二重にしな」
ミレナは手早く布を畳み、リナへ渡す。
「セラはそうしてたよ」
リナの手が止まった。
悲しそうではない。ただ、少し大事な物を受け取った顔だった。
「母さんも?」
「ああ。冬前の塩は、宝みたいに扱ってた」
リナは真剣に頷き、袋の口を結び直した。
温い乳の匂いと、粗塩の匂いが小さな家に残った。




