第17話 少ない袋
家へ戻ると、リナはすぐ棚の前へ行った。
小さな手で、残っている物を一つずつ確かめていく。
黒麦。芋。干し茸。少しの粗塩。山羊乳を入れるための木椀。干し草の束。
どれも多くはない。
棚の奥には、セラが使っていた布袋が畳まれていた。何度も縫い直された袋で、口の紐だけ色が違う。
「母さんは、ここにもっと上手に詰めてた」
リナがぽつりと言った。
「覚えてるのか」
「少しだけ。冬前になると、何度も並べ直してた」
リナは棚の端を指でなぞる。
「ここに芋。こっちに草。湿りそうなものは上。母さん、よく言ってた」
アルノは黙って聞いていた。
セラがいなくなって、この家は少しずつ崩れていたのだろう。誰かが一度に壊したわけではない。少しずつ、置き場所がずれ、干す手が足りなくなり、灯りの芯が乱れ、水が古くなる。
それをリナが、幼い手で繋いでいた。
「リナ」
「ん?」
「よくやってるな」
リナは目を丸くした。
褒められると思っていなかった顔だった。
「……そう?」
「ああ」
「でも、少ないよ」
リナは棚を見上げる。
「ローグ父さんがいた時は、もっと毛皮も肉もあった。母さんがいた時は、家の中がもっとちゃんとしてた」
言葉は静かだった。
泣いてはいない。
けれど、泣くよりも胸に残った。
リナは水瓶の蓋も開けた。
中を覗いて、少しだけ顔をしかめる。
「明日、汲みに行かなきゃ」
「俺も行く」
「病み上がりなのに?」
「もう動ける」
「すぐ変な顔するくせに」
「水が臭うからだ」
「またそれ」
リナは少し笑った。
笑ってから、ふと棚へ目を戻す。
「母さんは、冬前に必ず袋を三つ作ってた」
「三つ?」
「食べる袋。残す袋。困った時の袋」
リナは指で棚の奥を示した。
「でも今は、食べる袋しかない」
その言葉は小さかった。
部屋の中に、雪の音だけが残る。
アルノは答えを探した。大丈夫だとは言えない。足りているとも言えない。
だから、違うことを言った。
「困った時の袋、作ろう」
「何入れるの?」
「まだ分からない」
「分からないのに作るの?」
「場所だけでも決めておく」
リナは少し不思議そうにして、それから棚の一番奥を空けた。
「じゃあ、ここ」
「ああ」
まだ何も入っていない場所だった。
けれど、そこが空いているだけで、少しだけ前へ進める気がした。




