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腐敗は神罰ではありません 〜保存と冬支度から始める、寒村の生活改善〜  作者: 高山 墨人
第一章 ラーデ村の冬越し

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第15話 グランツの話

その夜、巡灯達は村長の家で休むことになった。


外は雪だった。夜道を進むには危ない。


ラーデ村では、外から来た人間が泊まることは珍しい。村長の家には自然と人が集まり、火の周りに輪ができた。誰かが追加の薪を持ってきて、誰かが薄い汁を温める。派手なもてなしではない。ただ、寒い夜に外の人間を凍えさせないための支度だった。


アルノもリナと一緒に端へ座っていた。


巡灯の若い女は、靴を脱いで足を火へ向けている。年配の男は記録板を膝へ置き、何かを書き足していた。火の光で、紙の端が赤く揺れている。


「グランツは雪どうなんだ?」


ガルドが聞く。


「今年はまだ軽い」


年配の巡灯が答える。


「王都は南寄りだからな。ここより道は持つ」


王都グランツ。


その名前が出ると、リナが少し身を乗り出した。


「王都って、夜でも灯りあるの?」


若い巡灯が笑う。


「あるよ。大きな通りは、夜でも消えない」


「ずっと?」


「ずっとではないけどね。ここよりはずっと明るい」


リナは目を丸くした。


ラーデ村では、夜は暗い。灯りは大事に使う。火を無駄にする家はない。だから、夜でも明るい街というのが想像できないのだろう。


「人も多いんですか」


アルノが聞く。


「多い」


年配の巡灯が答える。


「荷も人も、匂いも多い。初めて行くと疲れるぞ」


「匂いも?」


「市場がある。燻製、獣脂、香草、魚、炭。全部混ざる」


アルノは少し顔をしかめた。


「嫌そうな顔したな」


カインが笑う。


「絶対お前苦手だろ」


「たぶん」


「でも行ってみたいんだろ」


アルノは少し黙った。


行ってみたい。それは確かだった。


この村だけでは見えない物が、グランツにはある。大灯院。備蓄倉庫。市場。冬を回すための仕組み。


それを知りたいと思ってしまう。


若い巡灯が木椀を両手で包みながら言った。


「グランツは騒がしいけど、悪い所じゃないよ。冬でも人が歩いてる。荷も動いてる。灯りが多いから、夜でも自分の影が見える」


「影が?」


リナが驚く。


「そう。足元にも、壁にも」


「すごい……」


リナは本当に想像している顔だった。


アルノはその横顔を見る。


この子にも、いつか見せてやりたいと思った。けれど同時に、連れていくのは怖いとも思った。


「グランツには、レヴァンより大きい灯院もあるの?」


リナがさらに聞く。


「ある。大灯院だ」


若い巡灯が答えた。


「記録も、人も、物も集まる。静かな場所だけど、周りはずっと忙しい」


「静かなのに忙しいの?」


「そういう場所なんだよ」


リナはよく分からないという顔をした。カインは横で欠伸をしている。


「俺は人多いの嫌だな」


「お前は迷子になるだろうな」


「なるかよ」


カインはそう言ったが、少し自信なさそうだった。


リナがアルノの袖を掴む。


「行くなら、ちゃんと帰ってきてね」


「まだ行かない」


「でもいつか行きそう」


リナは少しだけむくれている。


アルノは困って、火を見た。


炎が小さく揺れる。


「行くなら、帰ってくる」


そう言うと、リナは少しだけ満足そうに頷いた。


火の周りでは、誰かがグランツの市場で見たという大きな倉庫の話をしていた。話す声は低い。けれど皆、少しだけ楽しそうだった。


遠い街の話は、雪に閉じた村ではそれだけで明るかった。


外では雪が降っている。


その雪の向こうに、夜でも灯りの消えない街がある。


アルノはまだ見ぬグランツを、少しだけ想像した。


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