第14話 レヴァンの鐘
翌日の昼前、遠くから鐘の音が聞こえた。
低く、ゆっくりした音だった。森の向こうから雪を渡ってくるように、ラーデ村まで届く。
「レヴァンの鐘だ」
カインが言った。
それまで軒下で縄を直していた村人達が、少しずつ外へ出てくる。誰も騒がない。けれど動きだけは早い。炭を抱える者、木材を束ねる者、燻製を布で包む者。小さな村の真ん中が、静かに忙しくなった。
ラーデ村は小さい。二十軒ほどの家しかない。
それでも冬を越すための物を並べると、村の中央は急に狭く見える。
「リナ、袋は?」
「持った」
リナは小さな袋を胸に抱えていた。中身は干し茸と毛皮一枚。軽い。軽すぎる。だが今のアルノ家に出せる物は、それだけだった。
やがて、灰色の外套を着た巡灯が二人、荷ソリを引いて現れた。
片方は年配の男。もう片方は若い女だった。二人とも雪を払う仕草が慣れている。外から来た人間なのに、雪の中での動きが村人と変わらない。
「今年は早いですね」
村長が言う。
「北の道が閉じる前に回れと言われている」
年配の巡灯は短く答えた。
村長の家の前に板が出される。机代わりだ。そこに記録板と紙が置かれた。若い巡灯が紙を押さえ、年配の巡灯が荷を確認する。風で紙の端が震えるたび、リナが目を丸くして見ていた。
「紙って、あんなにあるんだ」
「灯院の物だろ」
「すごいね」
リナにとっては、紙も珍しい物なのだ。
持ち寄りの確認が始まった。
「ガルドの家。木板十二枚、炭二束」
「去年より少ないな」
「雪囲いが多かった」
「記録する」
やり取りは淡々としている。
誰かが多く出せば褒められるわけでもなく、少なければすぐ責められるわけでもない。ただ、今年その家が何を出せたのか、何が足りないのかが残されていく。
アルノはその様子を見ていた。
これは、物を集めているだけじゃない。
この村が、今年どれだけ冬へ向かえるかを見ているのだ。
「ローグの家」
その声で、リナの肩が少し跳ねた。
アルノは横を見る。リナは袋を抱え直した。指先が白くなっている。
「干し茸一袋、毛皮一枚」
年配の巡灯は袋を受け取り、中を確認する。責める顔はしなかった。
記録板に印が入る。
リナは息を詰めていた。終わると、小さく肩を落とす。
「大丈夫だったな」
アルノが言うと、リナは小さく頷いた。
「うん」
それだけだった。でも、少しだけ笑っていた。
確認が終わる頃、若い巡灯が小さな袋を開いた。
「今年の分配は少しだけ前倒しです。粗塩と針金は、必要な家から順に」
袋の中には、灰色がかった粗い塩が入っていた。白くはない。粒も揃っていない。湿気のせいか、ところどころ固まりかけている。
リナがそれを見て、目を輝かせた。
「塩だ」
「少しだけだぞ」
村長が言う。
それでも村人達の顔は少し緩んだ。塩があれば肉が持つ。草も、料理も、冬の間の味も変わる。
誰も大声では喜ばない。
ただ、火の前で手を温める時のような安堵が、村の真ん中に静かに広がっていた。




