第12話 共同燻製小屋
共同燻製小屋は、村の外れにあった。
家々から少し離れた場所。森へ向かう道の手前。火を使うから、万が一燃えても村へ移りにくい所に建てられている。
中へ入る前から、煙の匂いがした。
鼻の奥に残る、重い匂い。肉と塩と、湿った木の匂い。それに、少しだけ嫌な酸っぱさ。
「うっ」
リナが袖で鼻を押さえる。
「いつもより臭い」
「今日は多いからな」
カインが当たり前みたいに言う。
中へ入ると、肉が何本も吊るされていた。鹿肉。兎肉。小さな鳥。どれも冬を越すための大事な食べ物だ。
火床では弱い火がくすぶっている。煙が上へ上がるが、天井近くで溜まっていた。小屋の中は暖かいのに、どこか湿っている。息を吸うと、喉の奥に煙が貼り付く感じがした。
アルノは顔をしかめた。
「煙、重くないか」
「燻製小屋だからな」
「そうじゃなくて、こもってる」
カインは首を傾げる。
「こもる方が煙付くだろ」
「付きすぎても駄目な気がする」
「気がするってなんだよ」
そこへガルドが入ってきた。
「何してる」
「アルノがまた変なこと言ってる」
「煙がこもりすぎてる」
ガルドは黙って天井を見上げた。しばらく何も言わず、火床の周りを見て、吊るされた肉を見て、それから小屋の奥へ歩いた。
「ここは昔からこうだ」
「じゃあ、昔からこういう匂いなんですか」
「そうだ」
「……見放されやすい肉も出る?」
その言葉に、ガルドが少しだけ目を細めた。
「出る」
カインが小さく鼻を鳴らす。
「冬前は仕方ねぇよ。肉多いし」
仕方ない。
この村では、その言葉がよく出る。雪が重いのも仕方ない。灯りが臭うのも仕方ない。食べ物が悪くなるのも仕方ない。
けれど、アルノにはどうしても気になった。
「上、少し開けられないか」
「雪入るぞ」
ガルドが言う。
「少しだけ。煙が逃げるくらい」
「火が弱る」
「でも、今は煙が動いてない」
ガルドはしばらく黙った。怒ったわけではない。考えている顔だった。
やがて、壁際に立てかけてあった棒を手に取り、天井近くの小さな板を押し上げる。
ぎい、と音がした。
細い隙間ができる。そこから煙がゆっくり外へ抜けていった。
「……お」
カインが声を漏らす。
小屋の中の空気が少しだけ動いた。煙の匂いはまだ強い。でも、さっきより重くない。
リナが袖から鼻を出した。
「ちょっとまし」
「ほんとに?」
「うん」
ガルドは天井を見上げたまま、短く言った。
「これくらいなら火は死なん」
「加護寄る?」
リナが聞く。
ガルドは少し考えた。
「寄るかは知らん。だが、離れにくくはなる」
小屋を出ると、外の空気が冷たく澄んで感じた。
リナはまだ鼻を押さえている。
「服まで煙くさい」
「燻製小屋に入ったからな」
「アルノ兄も煙くさい」
「お互い様だ」
カインが自分の袖を嗅いで顔をしかめる。
「俺は平気」
「嘘つけ」
リナが笑う。その笑い声が、煙で重くなった空気を少しだけ軽くした。
ガルドは小屋の屋根を見上げていた。開けた板の隙間から、細い煙が空へ逃げている。
「雪が入るようなら戻す」
「はい」
「でも今日は、このままでいい」
それだけ言うと、ガルドは斧を肩へ担いだ。
少しだけ認められた気がした。




