第11話 雪囲い
ガルドの家の前には、朝から板が積まれていた。
細長い板。太い杭。縄。錆びた釘。削られた木の匂いに、湿った雪の匂いが混ざっている。
「持て」
ガルドはそれだけ言って、アルノへ板を一枚渡した。
「……重い」
「軽かったら雪に負ける」
短い返事だった。
カインはすでに家の壁際で縄を解いている。手つきは雑に見えるのに、結び目だけは妙に早い。
「アルノ、そっち押さえろ」
「これか?」
「違う、そっちじゃない。あーもう、そこだって」
「言い方が雑なんだよ」
「見れば分かるだろ」
「分からん」
カインは笑い、ガルドは黙って二人を見ていた。
雪囲いは、家の壁を守るための板囲いだった。軒下から地面へ斜めに板を立て、湿った雪が壁へ直接触れないようにする。見た目は簡単そうだったが、実際にやると角度が難しい。
少し立てすぎれば雪が溜まる。寝かせすぎれば板が割れる。釘を打つ場所も、縄を掛ける場所も、全部に理由があった。
ガルドは板の端を叩き、少しだけ角度を変えた。
「こうだ」
「それでいいんですか」
「こっちの方が加護が寄る」
アルノは少しだけ首を傾げた。
「加護?」
「持つってことだ」
ガルドは説明を足すのが面倒そうに、釘を口へくわえた。
「雪が当たり続けると木が駄目になる。こうしておくと、春まで持つ」
「……風が通るから?」
「知らん。だが持つ」
その言い方が、妙にガルドらしかった。理由を知らないわけじゃない。たぶん、言葉にしていないだけだ。
この村の人たちは、経験で知っている。どう置けば木が持つか。どこに積めば干し草が悪くなりにくいか。どの煙なら肉が見放されにくいか。
アルノはそれを、まだ別の言葉で見ているだけなのかもしれなかった。
「アルノ」
「はい」
「釘を渡せ」
差し出すと、ガルドは大きな手で受け取り、板を一気に打ち付けた。乾いた音が雪の中へ響く。
カインが隣で鼻をすすった。
「寒ぃ」
「動いてるだろ」
「動いてても寒いもんは寒い」
そう言って、カインは板の陰へ顔を隠す。
「お前、手ぇ冷たくないの?」
「冷たい」
「じゃあ言えよ」
「言ってどうにかなるのか」
「ならねぇけど」
カインは自分の手袋を片方外して投げてきた。
「片方使え」
「お前は?」
「俺は慣れてる」
そう言いながら、カインの鼻は赤かった。
アルノは少し迷ってから、手袋を受け取る。
「……助かる」
「いいってことよ」
カインは得意げに笑った。その顔を見て、アルノは少しだけ肩の力を抜いた。
雪囲いは昼前まで続いた。終わる頃には指先が痺れ、膝まで雪泥で濡れていた。
ミレナが温い汁を持ってきたのは、その頃だった。
「指、動くかい」
「動きます」
「動くうちに飲みな。冷えると手まで加護が離れるよ」
薄い麦と芋だけの汁だったが、湯気が顔に当たるだけで少し救われた気がした。
カインは自分の椀を両手で抱えている。
「な、雪囲いって面倒だろ」
「ああ」
「でもやらないと、春に壁が泣く」
「壁が泣く?」
「割れるってこと」
カインはそう言って笑った。
この村の言葉は、時々少し不思議だ。だが、その不思議な言葉の中に、長く冬を越してきた感覚が入っている。
ガルドは完成した雪囲いを見て、短く頷いた。
「これで春まで持つ」
それだけだった。
でもアルノには、その一言が褒め言葉みたいに聞こえた。




