第10話 冬の匂い
共同倉庫には、炭が積まれ始めていた。
干し肉。薪。積み上げられた木箱。灰色がかった粗塩を入れた袋。
どれも、冬を越すための物だった。
ラーデ村全体が、静かに冬へ閉じ始めている。
アルノは倉庫の入口に立ち、匂いを吸い込んだ。
炭の乾いた匂い。燻製の煙。湿った縄。雪の冷たさ。
前なら、ただ臭いと思ったかもしれない。
今は少しだけ違う。
持ちそうな匂いと、悪くなりそうな匂い。
見放される前の、嫌な気配。
「また変な顔してる」
リナが横から言った。
腕には、壁から離して置くための干し草を抱えている。あの日から、リナも少しだけ置き場所を気にするようになった。
「してない」
「してるよ、婆ちゃんの棚を見る時の顔」
「それは嫌だな」
リナは笑い、干し草を壁際ではなく、少し空気の通る場所へ置いた。
「これで加護寄る?」
「少しはな」
「少しでもいいよ」
その言葉に、アルノは少しだけ黙った。
少しでもいい。
この村では、その少しを積み重ねるしかない。
灯りの臭いは、前より少し減った。
燻製小屋の煙は、前より重くない。
薬草の棚では、見放される草が少し減った。
干し草は壁から離して置くようになった。
どれも小さい。
本当に小さい。
でも、リナは灯りの下で前より安心して眠る。
バルナ婆さんは文句を言いながら棚を変える。
ガルドは黙って板の角度を直す。
カインは笑いながら手袋を投げてくる。
アルノは共同倉庫へ視線を戻した。
積まれた炭も、干し肉も、粗塩も、どれも十分には見えない。
それでも、少しでも持たせたい。
たぶん、自分が気にしているのはそれだけだ。
外では雪が降り始めていた。
湿った冬の匂いが、村へ静かに広がっていく。
遠くでは、炭焼き小屋の煙が空へ伸びていた。
ベルクレインでは、冬を越すことが生きることなのだ。
リナが干し草の束へ手を置く。
「今年、前より持つかな」
「持たせる」
答えてから、自分でも少し驚いた。
リナも驚いた顔をしたあと、小さく笑った。
「じゃあ、リナも手伝う」
冬の匂いの中で、その笑い声だけが少し軽かった。
あの日見た村の準備は、遠いものではなくなっていた。共同倉庫の炭も、家の干し草も、灯りの芯も、全部が同じ冬へ向かっている。
アルノはそれを、前より自分のこととして見ていた。




