第106話 青き石の写し
手紙と一緒に、薄い写しが入っていた。
ミレヴァールの古い水蔵帳から抜き出したものらしい。紙はベルクレインのものより少しなめらかで、端に水を表す波の印がある。字は大灯院の者が写したものだが、ところどころに古い言い回しが残っていた。
ガルドは写しを机に広げた。
アルノ、リナ、カイン、バルナ婆さんが覗き込む。
「青き石ってのは、石なのか」
カインが言った。
「石だろうな」
「青いのか」
「多分」
「そのままだな」
リナが肘でカインをつついた。
「静かにして、読めない」
カインは肩をすくめた。
写しには、短い文が並んでいた。
長く沈めるな。
壺の底に直接置くな。
布を挟め。
曇った石は、火ではなく風で戻す。
水が荒れた日は、石を休ませよ。
アルノは、最後の二つを何度も見た。
火ではなく風。
石を休ませる。
ベルクレインでは、火を入れることが多かった。湿った蔵には火を入れ、布は乾かし、藁は広げる。白き牙の欠片も、湿りを集めた後は置き場を見直す。
だが、この青き石は違う。
「火で戻さないのか」
アルノが呟くと、バルナ婆さんが鼻を鳴らした。
「水の国の石に火を押しつけたら、嫌がるんじゃないかね」
「石が?」
「人だって、寒い時に火がありがたいからって、ずっと火の前に押し込まれたら息が詰まるだろ」
カインが自分の胸を押さえた。
「婆さんのたとえ、たまに怖いな」
アルノは写しから目を離さなかった。
白き牙と青き石。
似ているようで、違う。
白き牙は、湿りを寄せる。けれど、置けば全部が持つわけではない。棚、布、火入れ、風、帳面。その上でようやく、少し助けになる。
青き石は、水を落ち着かせると書かれている。
水を消すのではない。
落ち着かせる。
その言葉が、アルノにはまだうまく入らなかった。
「水が荒れるって、どういうこと」
リナが聞いた。
ガルドは首を横に振った。
「分からん、向こうの言葉だ」
「神が離れるみたいなもの?」
「近いのかもしれんが、同じではないだろう」
リナは写しの端に、小さく印を入れた。分からない言葉につける印だ。
「水が荒れる、石が曇る、水が落ち着く」
声に出して読むと、ラーデ村の蔵守り帳とは違う響きがした。
アルノは白き牙の記録を持ってきて、隣に並べた。
湿りを寄せすぎた日は、欠片を休ませる。
布を替えずに使うな。
棚を空けてから置け。
似ている。
でも、同じではない。
カインが二つの紙を見比べた。
「結局、石も牙も楽はさせてくれねえんだな」
「そうだな」
アルノは頷いた。
便利なものほど、先に場所を整えなければならない。
そうでなければ、加護は寄らない。
ガルドは写しを丁寧に畳んだ。
「これを読んだだけで分かった気になるなよ」
「ならない」
アルノはすぐに答えた。
水の国の石は、まだ紙の上にしかない。匂いも重さも、置かれた場所の空気も知らない。
分からないものを、分かったことにはできなかった。




