第105話 グランツからの手紙
グランツ大灯院からの手紙は、雪解け道を十日遅れて届いた。
運んできた灯守の外套には、泥はねが乾いて白く残っていた。道はまだ悪い。橋のたもとはぬかるみ、森の影には古い雪も残っている。それでも手紙は届いた。
ガルドは集会小屋にアルノとリナ、カインを呼んだ。
封の蝋には、大灯院の灯り印が押されている。
ガルドは封を切り、中の紙を広げた。本文の後半には、見慣れた丁寧な字が続いていた。
リナが少し身を乗り出す。
「やっぱりフィアナさん」
カインは首を傾げた。
「字で分かるのか」
「分かるよ、兄さんの字はもっと斜め」
アルノは黙っていた。
ガルドが読み上げる。
グランツ大灯院とミレヴァール水蔵院との記録交換は、三年続いている。蔵守り帳の写しは西の国へ渡り、水蔵帳の写しはベルクレインへ届いた。互いに役に立つ部分もあった。
だが、紙だけでは分からないことが増えてきた。
青き石。
水蔵。
濡れた荷。
魚の壺。
発酵種。
薬草の湿り。
ガルドの声が、そこで少し低くなった。
「ミレヴァールより、現場確認の相談あり」
小屋の中が静かになった。
アルノは、紙の上の言葉を見た。知らない名が多い。けれど、ずっと棚札に残っていた空白と同じ匂いがした。
フィアナの追記には、さらに細かいことが書かれていた。
水蔵の手順は古くからある。ミレヴァールは魚と薬草と発酵に強い。水を扱う知恵も深い。だが近年、舟便が増え、荷が増え、記録の省略が出ている。青き石の扱いについても、古い帳面と今の現場に差があるらしい。
カインが腕を組んだ。
「遠いのか」
「グランツから西へ行く、国境を越える」
ガルドが答えた。
「水の国だ」
「水かあ」
カインは妙な顔をした。
「道が沈んでそうだな」
リナは笑わなかった。
「誰が行くの」
その問いは、もう答えを知っている声だった。
ガルドは手紙を置いた。
「大灯院は、アルノの目を借りたいと言っている」
「俺の目?」
アルノは聞き返した。
「湿り、匂い、置き方、お前が見るものだ」
「ミレヴァールの人の方が知ってる」
「そう書いてある」
ガルドは紙を指で叩いた。
「だから、教えに来いとは書いていない、見に来てほしいと書いてある」
アルノは黙った。
胸の中に、重いものが落ちる。
教えることはできない。魚も薬草も、水蔵も知らない。青き石など見たこともない。
けれど、見ることならできるかもしれない。
悪くなりかけた壺の匂い。湿った布の重さ。火を入れた後の空気。置かれたものの違和感。
それだけで足りるかは分からない。
リナが、手紙をじっと見つめていた。
「フィアナさんも、来るの?」
「グランツで合流する予定らしい」
ガルドが言う。
リナは少しだけ安心したように見えた。けれど、すぐに唇を結ぶ。
アルノは手紙の最後を読んだ。
フィアナの字で、こう添えられている。
現場を見なければ、記録は眠ったままです。




