第103話 頭打ちの棚
蔵の棚は、前よりずっと整っていた。
壺は床に直に置かれない。湿りやすい袋は下段を避ける。布は濡れたまま戻さない。火入れの日は決まり、蔵守りの灯りは毎朝と夕方に入る。
やれることは増えた。
だからこそ、分からないことも増えた。
アルノは蔵の奥で、空いた棚札を見ていた。そこには、まだ書き足されていない項目がある。
魚。
薬草。
濡れた荷。
発酵壺。
ベルクレインの村では、魚は多くない。川魚を干すことはあるが、湿ったまま大量に運ぶことは少ない。薬草も干して束にするものがほとんどだ。濡れた布や湿った壺を、わざわざ保つために置く考えは薄い。
発酵壺にいたっては、村人の意見が分かれる。
「進んでる匂い」と言う者もいれば、「もう駄目だ」と言う者もいる。
アルノにも、まだ分からなかった。
「また棚をにらんでる」
リナが入口からのぞいた。
「にらんでない」
「顔がそう」
「分からないだけだ」
リナは帳面を胸に抱え直した。
「分からないなら、空けておけばいいんじゃないの」
「空けるだけじゃ足りない」
アルノは棚札に触れた。
白き牙の欠片を使う時もそうだった。欠片だけでは何も助けてくれない。棚を空け、布を替え、湿りの道を見て、ようやく少し働いた。
なら、魚や薬草にも場所があるはずだった。
けれど、その場所をアルノは知らない。
昼前、カインが森から戻ってきた。背負い袋には、雪解けで顔を出した薬草の束が入っている。まだ根元に湿った土がついていた。
「婆さんが言ってたやつ、持ってきたぞ」
「そのまま蔵に入れるな」
「分かってるって、外で土を落とすんだろ」
カインはそう言って笑ったが、アルノは袋の中を見て眉を寄せた。
葉の匂いは強い。悪くなった匂いではない。ただ、濡れた土と葉の甘さが混ざり、蔵の乾いた棚とは合わない気がした。
「これ、乾かせばいいのか」
「薬草はだいたいそうだろ」
カインが言う。
アルノは答えなかった。
乾かせばいい。
そう言えれば楽だった。けれど、全部を乾かしたら、何かが離れる気がした。香りか、効き目か、葉の持っているものか。名前は分からない。
夕方、バルナ婆さんが薬草を見に来た。
「これは半日だけ風に当てる、かりかりにしたら駄目だよ」
アルノは顔を上げた。
「乾かしすぎると駄目なのか」
「駄目なものもある、雪国の子は、なんでも乾かしたがるからね」
バルナ婆さんは笑った。
その言葉が、胸に残った。
雪国の子。
ベルクレインでは、湿りは敵だった。湿りは神が離れる合図で、黒くなる前触れで、冬を越せない匂いだった。
けれど、湿りを全部追い出してはいけないものがある。
アルノは棚札をもう一度見た。
魚。薬草。濡れた荷。発酵壺。
ラーデ村の棚は、前より整った。だが、その先はまだ暗い。
灯りを入れても、見えない場所が残っていた。




