第102話 続いた帳面
三年分の帳面は、重かった。
紙の束だけなら、子供でも抱えられる。けれど、そこに書かれているものは軽くない。薪の数、炭の袋、粗塩の残り、干し肉の壺、布替えの日、火入れの日、持ち寄りの不足、そして死者の名。
ガルドは集会小屋の長机に帳面を並べた。
村の者たちは、黙ってそれを見ていた。雪解けの集まりは、前より長くなった。昔は冬を越せたかどうかを確かめるだけで精いっぱいだった。今は、どの壺が持ったか、どの棚が湿ったか、どの家が薪を余らせたかまで話す。
面倒だと文句を言う者はいる。
それでも、誰も帳面をやめようとは言わなかった。
「去年の持ち寄りの損失は、一昨年より少ない」
ガルドが低い声で言った。
リナが横で印を追う。読めない者にも分かるよう、丸と線と黒い点で別の印がつけられている。
「干し魚は少し悪くなった、でも大きな損はない、麦の袋は二つ湿ったけど、早く分けたから全部は黒くならなかった」
「薪は足りたな」
バルナ婆さんが椅子の上で背を丸めたまま言った。
「炭はぎりぎりだったよ、あれは足りたんじゃなく、皆が寒さを我慢しただけだ」
「それも書いてある」
ガルドは帳面の端を叩いた。
「我慢で足りたものを、加護とは書かない」
小屋の中が静かになった。
アルノは壁際に立っていた。自分が前へ出る必要はない。帳面はもう、村のものになっている。
ガルドは次の紙をめくった。
「飢えによる死者は、今年も出ていない」
誰も声を上げなかった。
喜んでよい言葉なのに、簡単には喜べない。病で二人が死んだ。雪崩で一人が足を失った。冬獣に襲われ、戻らなかった狩人もいる。
死は消えない。
冬は優しくなったわけではない。
ただ、保存に失敗して、配るものがなくなって、家の中で静かに倒れる人は出なかった。
ガルドは帳面に指を置いたまま、皆を見た。
「勝ったわけじゃない」
誰かが小さく息を飲んだ。
「だが、減らせる死は減った」
アルノはその言葉を、腹の底で受け止めた。
三年前の冬、村は壊れかけていた。湿った藁、黒くなる壺、足りない薪、見えない棚。神が離れたと言う方が簡単だった。けれど、火を入れ、布を替え、壺を上げ、帳面に書いた。
それで全部は救えなかった。
それでも、少しは持った。
「来年も同じにするのかい」
バルナ婆さんが聞いた。
「同じじゃ駄目だ」
ガルドは答えた。
「今年は今年の失敗を書いた、来年はそれを見る」
リナが新しい紙を出した。まだ何も書かれていない白い紙だった。
アルノは、その白さが少し怖かった。
何も起きていない紙ではない。これから起こることを受け止める紙だ。
ガルドが筆を持つ。
最初の行には、こう書かれた。
三度目の雪解け。冬は越した。次の冬支度を始める。




