第101話 三度目の雪解け
ラーデ村に、三度目の雪解けが来た。
アルノが蔵守りの灯りを初めて見直してから、三年が経っていた。
屋根の雪は昼ごとに細くなり、軒先から落ちるしずくが、土の黒い匂いを連れてくる。朝はまだ白く凍るが、昼には道の端がぬかるみ、子供達が長靴を汚して叱られていた。
蔵の前では、今年も灯りが入っている。
入口、左、奥、右、入口。
蔵守りの舞は、もう特別なものではなくなっていた。誰かが大げさに祈るものでもない。灯りを持ち、棚の影を見て、壺の布をめくり、奥の隅を確かめる。戻ってきた者が帳面に印をつける。
それだけのことを、村は三年続けた。
アルノは蔵の入口に立ち、背を少し丸めて中を見た。
十五になった体は、三年前より大きい。けれど、癖はあまり変わらない。気になる場所があると、すぐ黙る。匂いを確かめるように息を吸い、棚の下を見て、布の端を指でつまむ。
「兄さん、邪魔」
後ろから声がした。
リナが、帳面を抱えて立っていた。十三になった妹は、もう札だけでなく字も読む。小さな手で持っていた帳面も、今では胸に当てるとよく似合った。
「邪魔か」
「入口に立たれると灯りが入らない」
「そうか」
アルノは半歩どいた。
リナは灯りを掲げ、入口の横に掛けられた布を見た。端を少しめくり、湿りが強くないか確かめる。それから、棚の二段目へ目を移した。
「干し茸の壺、昨日より軽い」
「使った」
「誰が」
「カイン」
「また?」
外から、くしゃみのような声が飛んできた。
「聞こえてるぞ」
カインだった。十五になって背が伸び、荷縄を肩にかける姿だけは少し大人びた。だが、顔を出した時の笑い方は昔のままだった。
「俺は盗んでねえ、ガルドさんに言われて持ってったんだ」
「帳面に書いて」
「字はリナの方がきれいだろ」
「書かないなら次から渡さない」
カインは顔をしかめて、入口の板に腰を下ろした。
「厳しくなったなあ」
アルノはその二人を見て、少しだけ息を吐いた。
三年前、蔵は怖い場所だった。暗く、湿り、何が悪くなったのか分からない場所だった。今は違う。怖さが消えたわけではない。ただ、見る場所がある。確かめる順番がある。書き残す帳面がある。
蔵の奥で、灯りが静かに揺れた。
リナが印を一つ増やす。
「今年も、持ったね」
「まだ春の初めだ」
「でも、冬は越した」
アルノは頷いた。
村の外では雪が溶け、黒い土が少しずつ顔を出している。冬は終わった。だが、次の冬はもう遠くで始まっている。
それを忘れないために、蔵には今日も灯りが入っていた。




