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腐敗は神罰ではありません 〜保存と冬支度から始める、寒村の生活改善〜  作者: 高山 墨人
蔵守りと冬の帳面

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第100話 神罰ではない冬

冬の朝、共同棚の前に小さな灯りが置かれた。


蔵守りの舞は、もう珍しいものではなくなっていた。


入口、左、奥、右、入口へ戻る。


灯りの揺れを見る。壺の布を見る。床の湿りを見る。落ち牙の木枠を見る。札の位置を見る。


リナは順番を間違えなくなった。


カインは、奥に詰め込みすぎた箱を見つけると、何も言われなくても前に出した。


ミレナは布を分け、ガルドは外の溝を見た。


バルナ婆さんは薬草棚の匂いを確かめ、オルドは木枠の紐を直した。


フィアナはそれを記録した。


アルノは、棚の前で静かに息を吐いた。


悪くなるものは、まだある。


湿る場所も、冷える棚も、臭いが変わる壺も、これからも出る。


魔獣もいる。


雪も降る。


橋もまた壊れるかもしれない。


神に祈っても、全部が消えるわけではない。


でも、悪くなるには理由がある。


湿りには道がある。


灯りには見える場所がある。


加護が寄るにも、きっと理由がある。


フィアナが帳面を閉じ、アルノの横に立った。


「グランツへ戻ったら、この冬の記録をまとめます」


「ラーデ村のですか?」


「はい。それと、ミレヴァールへ送る写しも」


カインが後ろから顔を出した。


「本当に水の国に行くのか?」


「まだ決まってない」


アルノが答えると、リナがすぐに袖をつかんだ。


「行くなら、帰ってきて」


「うん」


「絶対?」


アルノは少し迷った。


絶対とは言えない。


それを、リナはもう知っている。


だから、アルノは正直に言った。


「帰ってくるために行く」


リナは唇を結び、それから小さくうなずいた。


「じゃあ、行ってもいい」


カインが目を丸くする。


「リナ、強くなったな」


「強くないもん」


「いや、強い」


リナは少しだけ照れた。


灯院の外では、雪が静かに積もっている。


今年の冬は、楽ではなかった。


けれど、保存の失敗で大きな持ち寄りを失うことはなかった。


物資不足で配分が止まることもなかった。


飢えで誰かの名が帳面に増えることもなかった。


それは奇跡ではない。


誰か一人の力でもない。


湿った棚を見た手。


溝を掘った手。


火を見た目。


灯りを運んだ足。


橋を直した背中。


落ち牙を木枠に収めた職人の指。


記録を残した灯院の筆。


そして、帰ってきてほしいと願った小さな声。


それらが少しずつ重なって、この冬を支えた。


アルノは共同棚の灯りを見つめた。


腐敗は神罰ではない。


けれど、守ろうとする場所には、加護が寄るのかもしれない。


そう思える冬だった。


フィアナは、最後の行に小さく日付を入れた。


ラーデ村、冬越しの途中記録。


保存失敗による大きな損失なし。


物資不足による配分停止なし。


飢えによる死者なし。


まだ冬は終わらない。だから、これは勝利の記録ではない。


続けるための記録だ。


アルノは、その違いが大事だと思った。


終わったと思えば、手は止まる。


続くと思えば、明日も棚を見る。


だからこの冬は、終わりではなく、次の灯りへつながる始まりだった。


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