第99話 冬の帳面
冬が深くなると、村の音は少なくなった。
雪が道を狭め、人の足を重くする。戸を開ける回数も減り、灯りの油も大事に使うようになる。
けれど、灯院の帳面だけは、前より厚くなっていた。
フィアナは毎朝、共同棚の記録をつけた。
リナは絵の札を確かめた。
カインはガルドと一緒に、外の溝が雪で塞がっていないか見に行った。
アルノは、壺の順番と使った量を見直した。
大きなことは起きなかった。
その代わり、小さなことは何度も起きた。
布が冷えた。
壺の一つが奥で見えにくくなった。
灯りの煙が増えた。
落ち牙の木枠が重くなった。
外の溝が雪で埋まりかけた。
そのたびに、誰かが見つけた。
見つけたから、動かした。
動かしたから、悪くなる前に間に合った。
ある夜、灯院で亡くなった者の帳面を確認する日が来た。
アルノは少し緊張していた。
灯院の帳面には、村で亡くなった人の名が残る。生まれた子の名も、去った者の名も、帰らなかった者の名も。
ローグの名も、セラの名も、そこにある。
リナはアルノの隣で、膝の上に手を置いていた。
フィアナが静かにページをめくる。
「今年の冬に入り、保存の失敗による大きな持ち寄りの損失はなし」
灯りが揺れた。
「物資不足による配分停止なし」
ガルドが目を閉じた。
「飢えによる死者、なし」
誰もすぐには話さなかった。
外では風が鳴っている。
冬はまだ終わっていない。病も、雪崩も、冬獣も、消えたわけではない。
それでも、今年は一つ、違った。
リナが小さく息を吸った。
「なし?」
フィアナはうなずいた。
「はい。今のところ、なしです」
リナは泣かなかった。
ただ、アルノの袖を強く握った。
アルノも、その手を握り返した。
去年に戻ることはできない。
帰ってこない人を、帰らせることもできない。
けれど、今年の誰かを、去年と同じ理由で失わずに済んだ。
それは小さくない。
アルノは帳面の文字を見つめた。
なし。
その一文字に、冬の重さが少しだけほどけた気がした。
ガルドは、帳面の文字を長く見つめていた。
何かを言いかけて、やめる。
その横顔を見て、アルノはローグのことを思い出した。
父がいたら、何と言っただろう。
よくやったと笑っただろうか。
まだ油断するなと頭を撫でただろうか。
答えは分からない。
分からないままでも、今年の冬を越すことはできる。
アルノはそう思い、リナの手をもう一度握った。




