文化祭準備その③
買い出しあることを忘れていた。そちらに至るまでの話しを描きました。
教室に入って席に辿り着いたミノルは、鞄からノートや教科書そして筆記用具などを取り出して座った。鞄を机の横にあるフックにかけて、息をつく。
机の上に置いていたそれらのノート類をしまう時に、デザイン案を考えて描いたノートが視界に入ると、少し緊張をした。それをごまかし何事もなかったかのように、ノートを教科書と一緒に机の中にしまった。
近くに居る生徒に「おはよう」と声を掛け合って気分転換をする。そうしている間に、鈴木も同じ教室に辿り着いた。教室に入った時に鈴木はミノルの方へ一瞥すると、自分の中にときめくような嬉しい気持ちを知って、急に立ち止まった。一時停止した鈴木の後ろに続いて教室に入ろうとしていた男子生徒である井岡に、
「おい、急に止まるな」
と注意を受けて「ご、ごめんなさい」という自分の謝る姿勢にも驚いて、何か悪いものでもあたったんだと自分の中に起こっている変化に戸惑いつつ、自らの席に到着した。何事もないように見えるように振舞って席に就く。
井岡はそんな鈴木の様子に打ち合わせをした時のことを思い出す。井岡は思った。鈴木の恋愛対象となる相手は出来る男で精神的に落ち着いている相手だろうと。その考えはこの教室で一緒に学んでいる生徒、共通の認識でもあった。
例えば、付き合ってるかもよとか、それなら先輩とでしょなど。いやいや、大人の男性とでしょと噂されることもある。その噂話なら井岡も少し小耳にはさんだことがあった。
それがどうだ。井岡は打ち合わせ他の時に鈴木がイラついた瞬間の状況を思い出していた。内田が立川を通り越してしゃがみこんでいるあの一風変わった男の隣に行って、肩を抱いたあの瞬間。驚きイラついたようだった。その反応をした鈴木の様子に、明らかに大岡は気が付いたようで、そんな大岡の様子に一緒にいつもいる女子生徒が気にしていた。
そしてもうひとつ文化祭準備時間になって、井岡と鈴木・立川が打ち合わせに移動する時、確かに鈴木はあの男を一瞥していた。立川は立川であの男ともうひとり同じクラスの女子生徒を見ていた。
井岡がなぜこれほどに彼らのその時の状況をつぶさに思い出せ観察してきたように分かるのかと言えば、二人よりも早く前の話し合いをしている他の堪能のグループの人間たちの傍に居た。そして鈴木と立川が自分の居る方へやってくるのを振り返って見守って待っていたからにすぎない。
まさか自分が同じクラスの同じ文化祭の担当のメンバーの色恋沙汰に気が付くなんて。文化祭と言えば、こういった色恋沙汰の進展もあったりする高校生にとっては一大イベントである。当日だけじゃなく準備期間も同じように進展や発展があったりする重要な時期であるので、井岡が何か思って行動しなくても、自然となるように、つまり収まるところは収まるようになるのでは。そう考えることにして、自分の気が付いてしまった彼らの恋模様については、そっと見守るスタンスを取ることにした。
席に就いてため息をつく井岡のようすに、
「妙に似合うな」と前の席の男子生徒に一瞥というにらみを利かせる。
「お前は高校生でも働いていても、今のようなスタイルは変わらないと思う」
と子供のようにあどけなさものこした表情で朝から投げかけてくる予言のような言葉に、頭の隅でそうだろうとかそうですかとかそう言っていろ馬鹿など思いつつも、
「勝手に人を決めつけるな」
と井岡は前の席の男子生徒の意見をはねのけた。
自分の状態を示されて恥ずかしくなった。まるで父親が取りそうな行動そのものだった。尊敬はしているがそこまで似たくないという妙な反発心も抱えている井岡は、否定することで己の精神を保っていた。その行為そのものがすでに父親っぽいとは考えも至らないらしい。母親がこの状況を知ったらおもしろがるに違いない。
そこまで考えた井岡は眉間にしわを寄せて、右隣の女子生徒に挨拶を言われたのに対して、眉間にしわを寄せたままで朝の挨拶を返していた。
「はははははは。今日は悩みの井岡だ」と妙な言い回しのあだ名の付け方までされて、さらに眉間にしわを寄せる。
そうこうしている内にチャイムが鳴り席に生徒はどんどんついていく。
担任の先生が教室に入る頃には、みな席に就いていた。
「おはよう」
幾分やる気のないというよりは少し仕事をしてきたような声音の先生の朝の挨拶に、教室の生徒たちは、先生今日もお疲れ様なんだと認識する。
先生が眠たい声でお知らせを告げる。その中に聞き捨てならないことが先生の口から発せられた。前の席の生徒が、驚いて「えっ」という。
後ろの席の生徒が何事か気になりだしたころ、真ん中らへんの席の生徒が確認するように言った。
「マジで、今年ミスコンするんですか?」
「ああ、ミスコンと言っても男子生徒が女子生徒を選ぶんじゃなくて、あくまで生徒が生徒や先生を選ぶというものらしい」
「えっ、生徒や先生?」
「そう。先生も参加だとか」
どうでも良さそうに先生が肯定する。
「なんでだろうね。先生に聞かされた説明だと、日頃思っていることを感謝とかお礼とかを伝えるいい機会にしたいとか言っていたなぁ」
「じゃ、お世話になっているって言って投票するんですか?」
「それもありみたいだね。容姿で決めてもいいそうだけれど」
「それ、いきなりじゃないですか?」
「いや、君たちにはそうでも。前の学年で生徒たちが文化祭を盛り上げようと企画で立ち上げていたものもいくつかあったらしくて、どうしてしなかったんだろうという後悔を職員室で長々と話し込んでいたようで。その影響らしいだよね」
「・・・・・・だよねって」
呆れた物言いに生徒が先生しっかりしてくれと思った。
「というわけで、投票する時間を文化祭を実行している間に行わなきゃいけないから、当日の生徒の担当の動きなどスケジュールを考えなきゃいけない。同じ人ばかりに担当させられないからね」
「はーい」
という生徒の返事をしている生徒は、全体の運営のスケジュールを考えている担当の生徒だった。
立川は投票する相手は同じクラスの女子生徒にしようと妄想が膨らんでいた。が、先生と目が合った後に、眠たそうな眼差しの先生がニンマリした表情を見て、サーっと血の気が引いた。ま、まさか先生にバレてる?!そう思って、やべー今視線誰に向けていたかバレてるんだ、と。顔を赤くしたり青くしたりしている。
立川の席の周りはそんな立川の様子に気が付いていなかった。ミノルも気が付いていなかった。この時ミノルの頭の中に、立川の恋模様など一切思い浮かんでいなかった。妹を好いているかもしれない菊池という男子生徒のことも思い出せなかった。
なぜならミノルの頭の中にあるのは、自ら考えてきたアイテム作成案が通るかどうか。それを説明しなければならないことだった。
わいわいと盛り上がりを見せている生徒たちに一喝を入れるかのように、
「こらこらお前ら静かにしなさい」
と眠たそうな声で叱る先生の姿勢はブレていなかった。
それでもそんな担任の先生になれている生徒たちはじょじょに静かになった。再び予鈴のチャイムが鳴った。
教室を出ていく先生に代わって女性の先生が待ってましたと、扉のところでお互いに挨拶をして、一時間目の授業が始まったことを意味していた。
「わー、授業だ」
と嘆く生徒に、「そりゃ、そうよ」と指導する先生の声に生徒たちは笑った。
「ほらほら、授業始めるから、それぞれノートと教科書出して授業できるように整えて」
先生の優しい指導に生徒たちは従い机の上に一時間目の授業で必要な物を出して準備していく。気の早い生徒は、今回の授業で行うだろうページを開いている。
その様子を見守っていた廊下の担任の先生は安堵して職員室に帰っていった。職員室に帰りながら思う。この数分間のためにわざわざここの教室まで歩いてやってくる俺はなんて勤勉なんだと。
教室では入れ替わりに入ってきた教科担任の先生の声が響き渡っていた。
ミノルをはじめ立川や井岡、鈴木も授業に集中し始める。
「たとえ実力テストや文化祭の準備があっても午前中はまだ授業あるからね。先生から説明うけているでしょう」というお小言を皮切りに、「では、授業を始めます」とテレビ番組の収録の編集地点が分かりやすいように今から何をするのかを説明して、授業がスタートした。
「朝から現代語の授業を始める我々の精神力の高さを誇りましょう」
という冗談に生徒は笑いながら付け加えた。
「しかも何かあったらしいし、先生これ恋文とか単語も載ってる」
「朝から恋愛話ですか」
「はははははは。きついよね。何かあったんだと友の恋愛話を聞く姿勢で良いから、授業についてきてね」と先生すらそういう。
「俺ら凄いじゃん、じゃ」
という男子生徒にくすくすと笑う。比較的おとなしめの生徒もそのことには同意する気持ちがあるようで、笑顔だ。
そうして授業を進めていった後に、この前のように準備の時間になってくる。
「ダレるよね」
「いや、まだ序盤だよ」
と会話をしている女子生徒たちなどがゲラゲラと笑いながら作業を進めている中、ミノルは緊張した面持ちで、同じ担当のメンバーに案を説明していく。ハロウインの模様を模してアイテムを作り、吸血鬼感も出して、ホラー感も出す。それがミノルのアイテム作成の考えの基盤だった。
「確かにテーマはハロウインとかホラーだもんね」
「それの方が喫茶店としての店のコンセプトが扱いやすいっていう話しだしね」
概ね受け入れられたデザイン案だったが、作成に当たってはあれこれと意見が出てきた。コストの問題と作成時間に見合ったクオリティにしようというものだった。それらの意見は会田が出していた。コストの計算や材料の量の調整案は内田が出していた。
安どのため息を吐くと、立川が肩に手を置いて、「よくやった。ミノルにしては完璧なんじゃないか」という上から目線にいつもなら怒るだろうミノルも「ああ、ありがとう」と返すので、立川は焦った。ミ、ミノルがこんなに真剣に取り組んで真面目にしている。真面目の力の向かい方も着地点もしっかりしているとおののいていた。
鈴木もミノルがそれだけ案を出してくれたので、皆の案の数と合わせてもなんとか数が間に合うのではないかと思った。さらに欲を言うとの案が出るくらいだろう。
鈴木が睨んだ通り、こういう案でアイテムを作っていくと全体的な進み具合やイメージを担当している生徒に説明をすると、オッケーを貰った。
鈴木が考えたように、看板となっているものへ貼り付けるアイテム案の注文を受けた。
見栄えが良いものと言うことで、いくつかをリーズナブルなお店のアイテムをそろえることとなった。
それらも駆使しつつ、自分たちの作成したものも置いておく。その案にまとまったので、必要な材料の洗い出しや、どこに誰が買いだすのかを決めていく。そうして今日出来ることを後は、どこら辺に何を飾ろう、いくつ作ろうという意見を交わしていった。
まだ少し進めたいと思った鈴木だったが、時間はあっという間に過ぎて言っていたようで、もう下校時間となってしまった。一旦一日の授業を終えたということで教室のみんなは立ち上がり、担任の先生と向き合い、
「お疲れ様です。ここで一旦下校の挨拶をしておきたいと思います」
「はい」
「お疲れさまでした。さようなら」
「さようなら」
「まだ残って今日していく生徒たちは先生に状況の説明とどれくらいの時間まで居る予定なのかを報告するように」
「はい」
「じゃ、先に帰れる生徒。また買い出しにもう今日出かける生徒はその旨も先生に伝えて、買い出しから戻って帰る際は、先生に報告するように」
「じゃ、解散」
「はーい」
ミノルが立ちあがろうとしたときに、鈴木の横を通って、内田がミノルに声を掛ける。
「私たち一足先に今日買い出し行っておかない?」
「それならカバン持っていきたいから、待ってくれるか」
「うん、いいよ」
「ちょっとまった」
と立川。
「具体的な数字はまだ決定しかねているのにか?」
という意見に「とはいっても買い出ししておかないとずるずるしちゃって最後セッティングに時間がかかったり、あたふたしちゃうよ。ある程度買っておいて、どこに何をっていうのを確定している分も用意した方がいい」
「その意見に賛成」
と会田が言った。
「私たちも付き合う」
「決めたのに」
買い出しの担当者を決めたのだ。担当はミノルと内田そして井岡たち三人の誰かが付いて行くことになっている。
「ついて行きたい」
「わかった」
内田が会田達とともに向かうのを受け入れる。
「鈴木さんは?」
「私は部活が」
「そうだよね」
「じゃ、井岡君か立川君が」
「俺が行こう」
と立川が付き合うことになった。
「宜しく頼む」と立川に言った井岡が帰り支度を始める。鈴木も部活の方へ移動するために荷物を準備する。
立川が予算を貰おうと、先生に群がる生徒たちとともに先生に声を掛ける。
「先生買い出し行くのでお金下さい」
「レシート貰ってきて。領収書だと様書かなきゃだから、レシートでいいって」
「はーい」
どれくらいのものを購入するためにいくら必要か伝える立川。しっかり予算を貰ってみんなのもとに戻ってきた立川にみながよくやったと労って、鞄を持って買い出しに出かけた。
「貰った予算たりなかったら、自分たちでとりあえず出して買ってきて欲しいって」
「わかった」
「余分な物は買わない。レシートを貰う。だね」
「そうそう」
彼らアイテム作成班の買い出しメンバーは楽しそうに教室を後にした。
買い出し高校生の文化祭で買い出ししてきただろうか?うーん。いや、一回行ったか。ただついて行く要員だった気が。




