文化祭準備その②
文化祭。案を出す、それだけで瞬発力や体力そしてアイデア力が要りますよね。巡ってきてポッとなんでもなく出てくるとき。来たー!って感じです。
朝起きたミノルは学校の今日の一日の予定表を見る。午前中は普通に授業を行い。昼休憩を終えた後に一科目の授業を終えると、文化祭の準備の時間となっている。早く切り上げるところは、午後三時半ごろに終わる。準備に時間がかかるところは、最終下校時間である夕方六時に間に合うように終わる予定だ。
クラスの出し物の他に部活動や同好会に所属している生徒は、この準備時間に作業がそれぞれ行えるようにスケジュールを立てて、準備に取り組むメンバーに知らせる。作業を行える人数を知るためであり、間に合わせるための要員人数を確認するためである。
限られた少ない準備時間の中でどうやって実現したい出し物のアイテムや雰囲気づくりに必要なものを用意できるのかが重要になる文化祭では、クラスのメンバーの中でもリーダーシップを発揮する子・スケジュールなどの細かな確認をする子・滞りなく行えるようにちゃっかりと動ける子など。それぞれの得意な分野で活躍している。
ミノルは思う。
友人立川は、メンバーの中でリーダーシップを発揮し取り組むために必要なことは何かを話し合えるように声を掛けて進めてくれた。まるで司会進行のようだった。
発言されたメンバーの案に対しても声を掛け、決まったこともメンバーのみんなが分かったか確認しているように、それぞれと視線を合わせていたようだった。
「さすがわが友」
決めている時の自分の様子を思い出す。赤と黒の布の存在に目が奪われていて、あまり話し合いに参加できなかった。立川や他のメンバーに申し訳がない。特に確認作業に当たってくれている立川と眼鏡をかけた井岡それに井岡のサポート役の女子生徒の鈴木。
さらにいうなら、自分の力量を推し量るためにもチャレンジをしようと役割を買って出てくれた女子二人組にも驚かされた。自分の傍に内田さんがやってきて一緒に取り組みを頑張ろうと言ってくれて、助かった気がした。そう、心が救われていた。
その”頑張ろう”に報いるためにとミノルは一冊のノートに視線を向ける。手に取り、中をパラパラと確認をする。
「ふぅ」
こ、これだけ案を考えたんだ。メンバーの役に立つはずだ。案を考える時間を多く取れないだろうから、今日というこの日までに書き上げるのに、寝る間を惜しんで描いたのだ。ま、寝る間は一時間惜しんだだけだが。
このノートを通学用の鞄の中にしまう。
「よし」
忘れそうになっている筆箱や体操着の袋を通学鞄に入れて、ホッとする。鞄を抱えて一階に降りようと部屋を出ると、妹のサクと会った。
「あ、おはよう」
「おはよう」
「おまえのクラスの出し物決まったのか?」
「ああ、決まって今日クラスのみんなで案だしをして細かなことを決める」
「そうか」
「お兄ちゃんは、もう決まった?」
「もう決まって、担当も決まって、担当分のアイデア出しをしたところだ。今日担当のメンバーみんなで話し合いになると思う」
「そうなんだ。それにしても鞄だけ下に置いてまた上に戻ってくるの?」
「なにが?」
「いや、服。まだパジャマのままだから」
ミノルはサクの指摘を確認するために視線を自分の身体の方に向けた。パジャマのズボンを脱いで下はパンツ一丁で上はパジャマ姿になっていた。
「な!?、忘れてた」
血相をかいて部屋に戻って制服に着替え始めるミノル。通学鞄は部屋の扉の傍に置いていた。
「あははははははは」
そんな兄の様子に、サクは笑いながら階下へ降りていった。笑いはするもののサクの眼差しは明るい。兄の真っ直ぐに文化祭に向けて取り組んでいる姿は見ていて気分の悪いものじゃない。むしろ好感が持てた。
「あれで、器用に処世術ができて人当たりがいい話術ができるなら凄いんだろうけれど」
サクの辛辣な兄への評価は誰の耳にも入ることはなかったようで、階下に居る母親の小春は何事もなく「おはよう」と朝の挨拶を娘にしていた。
サクに遅れて、兄のミノルも階下へ制服を着て鞄を持って降りてきた。
いつもの見慣れた光景となった菊池という同じ学校に通う男子生徒がサクとともに朝食を美味しそうに摂っている。そのことにミノルは少しホッとした。
日常と化した彼の存在も、いつもと変わることなく進んでいるのだろうとおぼろげながらに思ったからだ。
小春に向けて「おはよう」を言った後に、二人が座るテーブルに相席をしてミノルも朝食を摂る。
「父さんは?」
「今日はもう出たわよ」
「そうなんだ」
「ええ。朝からミーティングがあるって言って。珍しくおにぎり握ってって言って作らされたわ」
「え。朝食べていかなかったの?」
「そうよ。作ったおにぎりと作っておいたおかずを持って出かけたわ。あっちで食べるんだって。だから今日はお弁当二食分あの人持って行っているのよ」
「わお」
「ははははは。素晴らしいバイタリティですね」
「そうね。パパももう四十代なんだから力の加減やペース配分に気を付けないと」
「そうなんだね」
サクはなんでもないように言う。
「まったく、あなたったら誰に似たのかしら」と小春はサクを見つめて言った。
「おばあちゃん」
とサクは自ら言ってみせた。おばあちゃんとはおそらく小春の母親のことだろう。
「おばあちゃんってどっちの?」
と聞く菊池に、サクは菊池を見ながら言う。
「母さんの方の」
「ああ、間違いない。っていうか、母さんのお父さんでも間違いないんじゃない。二人とも冷静で実直な感じだし、おばあちゃんに至っては抜かりがない」
「それは凄い評価の高い」
「そう。二人とも経歴がかたいうえに肩書があったらしいよ」
とサクが菊池に教える。
菊池が、
「そうなんですか?」
と小春に確認をすると、
「ああ、まぁ。二人ともして腕一本で食べていけるくらいに専門職を身につけて、堅実にのし上がったらしく。同じ会社で違う部署ながら、それぞれ名前をうわさで聞いたことがあったって言っていたわね」
「すごいですね。ドラマみたいです」
「ま、私が生まれてからは、どちらも第一線を退いて時間に余裕を持たせて母親は産休と育児休暇を取り、父親も育児休暇を取得していたらしいわ」
「獲りずらいっていう人が居る世の中で」
とミノルがいい、
「文句言わせないで取得してそうだよね」
とサクが言う。
菊池は、
「上司をも黙らす凄腕の社員・・・・・・」
と斜め上を見ながら若い祖父母を思い描いていた。ただし、菊池は一度二人と会っただけなので、若い姿がどんな感じなのかは知らない。
菊池の中で猫を見に来た猫好きで相好を崩していた祖父母のイメージが強いために、想像の人物と見かけたことのある祖父母の姿がいまいちマッチしなかった。
首をかしげて朝食の続きを食べる菊池に、
「ふふふ」とサク笑いかける。その姿が菊池には眩しいようで、眉間にしわよ少し寄せて訊ねる。
「なんですか?」
「いや、菊池とおじいちゃん気が合うんじゃないかと思って」
「えっ?!」
「そうだね」
「そうね」
とミノルも小春も同意する。
「細かいこと好きそうだし、正しいこと好きそうだし」
「確かに」
「ええ。一度父さんと遊んでみれば?」
という小春の言葉は菊池にはハードルが高いようで、小首をかしげて、
「だ、大丈夫ですかね。怒られませんか?俺のおもりをさせる気かって」
「それだったら、一度おじいちゃんの趣味について尋ねてみるとか」
というミノルの提案に、小春が言う。
「あんたたち三人で元気かどうか確認しに来たとでも言って父さんたちの住んでいる家に遊びに行ってしまえばいいじゃない」
「事前に連絡しておくから」と小春は提案をしているようで、「そうしましょう」と決めたらしく「後で連絡しておくから。今度の日曜日ね」という。
「勝手に決めないでよ」
というミノルと楽しそうなサク。菊池は緊張しているようだ。
「今はリラックスしてたらいい」
というミノルの声に、「ああ、はい」という菊池。
「食事をしたまえ」と物まねなのだろうミノルがいうと、「今のおじいちゃん?」と楽しそうにサクが訊く。ミノルは頷き「似てただろ」という。
サクの評価は「言葉だけならね」と辛口なものだった。
「ご飯早く食べちゃいなさいよ」
という小春の声に、三人は時計を見て驚いた。
「こうしていられない」
「このままじゃ遅れる」
「ええ」
急いで食べ終わると、もごもごと口の中に食べ物が入ったまま「ごちそうさまでした」をいう。
「もう、やんちゃして」
と小春の小言が飛んだ。
小春が子猫に餌を与えている間に、身支度を整えたようで、三人が玄関の方へ向かう。小春も後を追う。
靴を履く様子を小春は見守り、振り返り小春を見る子供たちの顔を見て、
「忘れ物ない?」
と確認をする。
「ない」
「三人揃った?」
という小春の確認に、菊池の姿を見る子供たちは、菊池が準備を整え靴を履いたのを見て、
「問題ない」
と答えた。
「菊池君大丈夫?」と小春が訊くと、
「はい!」と菊池が笑顔で頷いた。小春は大きく頷くと、両手を広げ、子供たちを玄関の方へ向けて、
「じゃ、行ってらっしゃい」
と送り出した。
三人共小春へ振り返って「行ってきます」といい玄関扉を潜って学校へ出かけていった。
「うん!」
「ミャー!」という猫の鳴き声に小春は「はいはい、今行きます」と言って部屋の中に戻っていく。
玄関を出て門を潜った三人は道路を歩きながら、文化祭の出し物についての進捗具合や自分の担当の話しをしたり、文化祭の準備の前に行われた実力テストについて自分はどうだったのかを教え合って歩いた。
それぞれがそれぞれなりに頑張っている姿が三人共の励みとなったようで、表情は明るい。
そんな三人の姿を見つめる人影が居た。
ミノルのクラスの生徒である鈴木だ。ミノルたちの後ろを歩いているので、ミノルたちは気づいていない。
鈴木は数メートル先の目の前のミノルの姿を眺めながら布を睨んで悩んでいた姿を思い出す。
一旦止まり、首を振る。頭の中に思い出したミノルの姿を追いやったのだろう。
「そんなわけない」
鈴木はひとりゴチて、静かにミノルたちの後ろを歩いた。ミノルは学校に着く間、気づくことはなかった。
鈴木は安堵し下駄箱の前に移動する。視線を下駄箱から廊下へと向けて、教室へと向かうミノルを見る。その後ろ姿は、他の生徒と変わらない。そう、変わらない。
鈴木の頭の中に思い浮かぶ。あの話し合いの中、最後の方で内田がミノルのすぐ横に移動をして肩に腕を置いた。そして体をさらに寄せて密着させて、「一緒に頑張ろう」とミノルに声を掛けていた。
それを見た瞬間。鈴木の中で何かがはじけたようで爽快感すらあったが、心の中心にあったのは確かに嫉妬だった。
自分が彼に?いつの間にそんな感情を抱いていたのか?はたまた同じ女子として負けたとかマウントとかいうのを取られたとかで負けず嫌いな一面が頭をもたげているのか。
「そうね、きっとそうなんだわ」
とひとり納得して鈴木は下駄箱の上履きへと履き替える。
この嫉妬心について決着が自分の中で着いて終わったものだと思っていた鈴木は、午後の文化祭準備の時間に再びあの時と同じような嫉妬心を感じるとは思ってもみなかった。
鈴木の握りこぶしの姿の意味に、今日の文化祭の準備の時間の最後まで気が付いていなかったのはミノルだけだった。
「ん?鈴木がやる気だ」
ミノルはそう捉えていた。
鈴木のその心の反応はいったい何なのか。本人が推測した内容で合っているのか。ま、想像しやすいんですでに分かる人は大勢いると思います。
そうです、それです!




